岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

過去と現在の重なりを感じる映画館でゆったりと。

2024年09月05日

京都シネマ(京都府)

【住所】京都府京都市下京区烏丸通四条下ル西側 COCON烏丸3F 
【電話】075-353-4723
【座席】3スクリーン・254席

デビューして間もない22歳の岩下志麻の魅力が余すこと無く表れていた映画に『古都』がある。京都を舞台に生き別れとなっていた双子の姉妹を描いた川端康成の原作を中村登監督が手掛けた文芸映画の名作だ。昭和38年に製作されたこの映画はほぼ全編をオール京都ロケで撮影されており、空襲の大きな被害を受けなかった京都の名所や手付かずの古い街並みを随所に見ることが出来る。京都を舞台とした映画は数あれど、ここまで丁寧に京都の街並みや風物を捉えた作品は無いであろう。岩下志麻が演じるのは何不自由なく育てられた呉服問屋の一人娘の千重子。彼女は店の軒先に捨てられており、両親はその心情を気遣って「捨てられていたのではなく、可愛くてさらってしまった」と嘘をつく。千重子は自分を育ててくれた両親に感謝をしながらも心のどこかで捨てられていた自分に引け目を感じている。清水寺で幼馴染に自分の境遇を打ち明けるシーンで、肩に手を添えようとした幼馴染に「捨て子に触らんといて」と背中を向ける演技がとても良かった。

コロナが明けて久しぶりに京都を訪れたが、日数が限られていたので『古都』のロケ地を巡ってみようと考えた。9時半に京都駅に着いたのでまず向かったのはあだし野念仏寺。境内に奉る石仏・石塔は、かつてあだしの一帯に葬られた人たちのお墓で、何百年もの時を経て山野に散乱埋没していた遺骨を明治中期に地元の人々の協力を得て集めたという。石仏は極楽浄土で阿弥陀仏の説法を聴く人々になぞらえ配列安祀されている。人気のある寺院と異なりここはオーバーツーリズムとは無縁のようでゆっくりと散策することが出来た。それでも早朝にも関わらず、外国の方がチラホラ訪れていたのは驚いた。

劇中では祇園祭の宵山で千重子は、八坂神社の神輿が奉安されている御旅所を参詣する苗子と出会う。祭りの期間中に御旅所を無言で参詣すれば秘めた願いが叶うとされているのだが、そんな苗子の後を追う千重子をワンカットでパンをする成島東一郎によるカメラワークが素晴らしい。そして、祇園祭のハイライトとなる山鉾巡業では前祭と後祭で、四条室町の交差点に山鉾がズラリと並ぶのは圧巻だ。この交差点の近くに千重子の呉服問屋がある室町通りがある。室町通りは江戸時代から続く呉服問屋の街で、現在も創業百年という老舗が軒を連ねているという。ラストシーンで身分の違う苗子が明け方の通りを千重子に訣別して走り去る姿が印象的であった。

その交差点に「COCON KARASUMA(古今 烏丸)」という地下1階から地上3階が商業フロア、地上4階以上がオフィスフロアで構成された複合商業施設がある。市内を東西に走る四条通と、南北に走る烏丸通が交差する京都の中心部に位置しているため、昼夜を問わず多くの若者が行き交う。銀行や証券会社が建ち並ぶビジネス街の象徴的存在であった旧丸紅ビルが平成16年に大規模リノベーションして、歴史的価値を継承する新しいビルとして生まれ変わった。ちなみに設計デザインを手掛けたのはあの隈研吾氏だ。エスカレーターで3階に上がると、ロビー中央に大きな木のベンチがふたつ並ぶ「京都シネマ」がある。旧丸紅ビルの重厚感ある西洋産のイベ材を使用した寄木細工の風合いを残す床と、照度を落とした空間演出によって、ゆったりと待ち時間を過ごす事が出来るミニシアターだ。ロビー前の通路を照らす照明板には江戸時代から続く京唐紙の老舗に伝わる古典文様である天平大雲が描かれており、ビルの建築テーマでもある過去と現在の重なりが表現されている。

かつて京都には伝説的な映画館がたくさんあった。それらは決して老舗という枠組みに収まるのではなく、独自の番組編成によって、映画館第二世代とも言える若い映画ファンを生み出し、新しい映像文化を発信するエポックメイキングとなった。昭和50年代後半から始まったミニシアターブームの中で、目の肥えた京都のシネフィルたちから圧倒的な支持を受けていたのは、三条河原町にあった「京都朝日シネマ」だった。京都初のミニシアターとして、世界の国々から届いた秀作を確かな目利きで紹介してきたが平成15年に全国の映画ファンから惜しまれつつ閉館してしまったが、平成16年12月に3スクリーン体制で復活したのが「京都シネマ」だった。オープン当時から上映作品に関してはジャンルを限定せず、新旧合わせて世界各国の名作を送り続けている。また歴史と文化の街にあるミニシアターならではの取り組みも盛んに行われており、市内にある美術館やギャラリーで開催される展覧会に合わせた作品を上映。チケットの半券を提示すれば相互割引が適用されるので、映画の造形をより深く理解出来るありがたいサービスだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2015年4月(2024年8月加筆)

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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