岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

お年寄りが楽しめる街を目指してオープンした映画館。

2024年08月07日

玉津東天紅(大分県)

【住所】大分県豊後高田市玉津380-2
【電話】0978-25-4433
【座席】30席

九州の国東半島西部に位置する豊後高田市があるのは、大分空港がある東部が表側とすると国東半島の裏側となる。街の真ん中を流れる桂川が周防灘に注いでおり、昭和の初めまで大阪方面へ竹材を運搬する海運の要衞として栄えた。それこそ国東半島に住んでいる人たちが皆この街に買い物に来る程の賑わいだったという。最寄りとなるJR日豊本線の宇佐駅からバスで15分程で街のバスターミナルに着く。高田地区は昭和の街として知られるレトロな街並みの商店街があって観光客も多いことから大分空港を結ぶリムジンバスも発着している。このバスターミナルにしても何十年も手を加えられていないようで寂れた感じがイイ。夕食には少し早いが「伯剌西爾 珈琲舎」という喫茶店があったのでここで食事を取ることにした。100年前から続いていた呉服屋だった建物をリノベーションした店舗で、箱根ホテル小涌園で修行したシェフが監修するハヤシライスを注文した。コーヒーにもこだわっており、湯布院塚原の天然水を使って淹れたコーヒーはまろやかだ。

昔ながらの佇まいに懐かしさを感じつつ街の中心部を離れると桂川に出る。そこに架かる桂橋を渡ると学校や図書館などの公共施設がある玉津地区に入る。文教地区である玉津は地元住民の生活拠点となる街で、玉津銀座街と中町商店街という二つの商店街がある。銀座という名前が付く程だから昔はハイカラな洋装店やスーパーなどが軒を連ねていたのだろう。観光客も橋を渡って玉津までは足を伸ばさないらしく夕方の商店街はひっそりと静まり返っていた。市役所もシャッター街となっている玉津地区の活性化を図り、色々なイベントの企画を立案してきた。その中のひとつに空き店舗となっていた元パン屋の工場だった場所をリノベーションした「玉津東天紅」という映画館がある。館名は1970年代頃まで街にあった映画館「東天紅」から貰ったという。2017年3月31日にドキュメンタリー『二人の桃源郷』をこけら落し作品として約半世紀ぶりに映画館が復活すると近隣から多くのお年寄りが来場された。

オープンするまで映画館に行くには大分の市街地や別府しかなかったため、お年寄りは映画を観たくても動けないというのが実情だった。「玉津東天紅」はに来られるお客さんの多くが60歳以上を占めており、中には90歳以上の方もいらっしゃるそうだ。一方でオープンしてからは映画を観に来た地元のお年寄りが、お友達や顔馴染みとお話しをされる社交の場になっている。場内は客席数30席という丁度良い具合の広さだ。最後尾の椅子は映画館仕様となっているが前方の席はソファや一人掛けの椅子となっており、常連さんはその日の気分でお気に入りの席で観賞されている。映画館を運営するのは「玉津プラチナプロジェクト」という市と協力してイベントやフリーマーケットを開催して街の活性化を推進する団体だ。その事務局長を務める市川誠さんが映画館の立ち上げから関わり館長を勤めている。

「玉津東天紅」の上映スケジュールは他所の映画館と少々異なっている。一日のタイムスケジュールは午前10時と午後13時半の2回のみ。作品が変わっても開始時間は固定されている。これは作品によって開始時間を変えてしまうとお年寄りのお客さんは時間を間違えてしまうから。高齢者が多い街の映画館では時間を変えてしまうと順応するのが難しいのだ。だから、上映時間が短い作品だろうが長い作品だろうが、いつでも同じ時間に開始しているというわけだ。また、映画料金の一部を市が補助してくれる市民年度会員制度があって、市民であれば料金から500円補助してくれる。入会金として1000円を払えば、年度切り替えの4月から翌年3月まで一年有効の会員証が発行される。その会員証を提示するとお年寄りならば500円で観賞が可能というありがたいサービスだ。

街は「高齢者が楽しいおまち」をテーマに掲げており、お年寄りに喜んでもらえる作品を選ぶのも市川さんの役割だ。最初の頃はその作品選びがひと苦労で日々頭を悩ませる連続だったという。来場される皆さんは若い頃に映画館で映画を観ていた世代なので、実は一番映画に慣れ親しんで目が肥えているというわけだ。だから懐かしの古い名作より新作や話題になった作品を求めているという。上映が終わって、お見送りをする市川さんとお客さんが、映画の感想を楽しそうに話をされるのは日常茶飯事。その時に「来週はこんな映画をやりますから…」と、さりげなく次週の予告もする。皆さんと顔見知りだから予告編を流すよりも自身の言葉で伝えた方が話が早いのだ。

ちなみに、こちらのお客さんが喜ばれる作品は人間ドラマで、複雑な構成の作品よりストレートな物語が喜ばれるらしく、今までで一番入ったのは『万引家族』だった。その時は場内にお客さんが入り切らなくなり、異例の夕方から3回目の追加上映を行ったという。そのおかげで近隣の人たちに、玉津に映画館があると認知が広がり、作品によっては映画館として充分にやっていける…と手応えも感じたという。小さな映画館なのでお客さんとの距離が近く「良かった~泣いちゃった」と感情を露わにされたり、帰りがけに感謝の言葉を掛けてくれる人も多い。「そんな言葉をいただくのが僕のやりがいです」と市川さんは顔を綻ばせる。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2024年2月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

行ってみたい

100%
  • 行きたい! (3)
  • 検討する (0)

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

ページトップへ戻る