日常の中に映画館で映画を観る習慣が甦った街。
2022年09月14日
松本シネマライツ(長野県)
【住所】長野県松本市高宮中116-2 イトーヨーカドー敷地内
【電話】0263-24-0122(24時間テープ案内)
【座席】8スクリーン 1374席
松本は水が美味い。3000メートル級の山々が連なる日本アルプスから湧き出る清らかな水が、市街地に注がれ地下にたくわえられている。2008年に「平成の名水百選」に選定された。歩いていると松本城を囲むように点在する多くの井戸や湧水を見かける。お堀の周辺だけでも10ヶ所近くあるのだから驚く。駅前にある「深志の湧水」という公共の井戸ではペットボトルを持ち込む観光客がたくさんいた。この水を使ったコーヒーは間違いなく美味いはずだ。だから松本散策は喫茶店巡りでもある。井戸や湧水のあるところに美味しいコーヒーを出す店が固まっているのもそのためだろうか。結局、着いた日はお堀端にある喫茶店を3つも梯子してしまった。
観光地の松本と打って変わって隣の南松本は、地元住民の生活拠点として栄えている街だ。駅から10分ほどのところにあるイトーヨーカドーの敷地内にシネマコンプレックス「松本シネマライツ」がオープンしたのは2008年暮も押し迫った12月20日。前身となるのは戦前から映画街があった上土通りで興行を続けてきた「銀映座(後の松本テアトル銀映)」という市民に親しまれてきた街の映画館だ。元々、松本は人口の比率からすると日本で映画館が最も多かった街で、住民が映画館で映画を観る事に慣れているという土壌があった。それにも関わらず映画館離れと建物の老朽化を理由に「銀映座」は、94年の歴史に幕を下ろす。閉館から2カ月後に、松本から映画の灯を消してはならないという思いで、映画の街らしいコンセプトを掲げてオープンしたのが「松本シネマライツ」だ。そんな劇場の想いは早々に来場者にも伝わり、オープン当時から「こういう映画館が欲しかった」という声が多く寄せられた。
外観はアメリカのシネコンをイメージさせるシャープなデザインとなっているが、劇場内のデザインには松本らしさがいくつも反映されている。和の雰囲気を醸し出す暖色系の光で優しく出迎えてくれる広々としたロビーは、テーブルとイスが並べられていて、待ち時間をゆっくりと過ごす事が出来る。ちなみにコンセッションで販売されているブレンドコーヒーは厳選されたコーヒー豆を使用した氷温熟成したという他所では見られないこだわりの逸品だ。内装は随所に松本の手工芸品をモチーフとしたデザインが施され、天井には柔らかいオレンジの光を放つ行灯型の照明を設置。ロビー全体を上品な明るさで浮かび上がらせている。劇場を設計されたデザイナーが松本の街を見て歩き、城下町と蔵特有のなまこ壁をモチーフにしたデザインを考えついたそうだ。各スクリーンへ誘導するコリドーの天井は、昼と夜でライティングのトーンが変化。これは松本を流れる川の曲線をイメージされているという。
「松本シネマライツ」は、ショッピングモール内にあるのシネコンと異なり、独立型の映画館であるので、国内でも数少ないワン・フロア・ユニバーサルデザインとなっている。駐車場からエントランス、ロビーを通って、各スクリーンまでがフルフラットのフロアとなっているため、車いすの負担が少ない設計になっている。それだけこだわった成果は年輩のお客様の来場数が日に日に増えた…という数字に現れた。勿論、地元の企業が経営するシネコンだからこそ出来るアットホームな雰囲気作りというのも圧倒的な強みとなっている。顔見知りの常連客から気軽に声を掛けられるスタッフが談笑している光景も少なくない。時にはお客さんから直接「こんな映画をやってもらえないか?」という要望が寄せられるという。マニュアルに縛られない松本ならではの独創的なシネコンを目指す「松本シネマライツ」は観賞後も心地よくさせてくれる等身大の映画館だ。
出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2009年10月
「松本シネマライツ」のホームページはこちら
http://www.cinema-lights8.com/
語り手:大屋尚浩
平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。
語り手:大屋尚浩
平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。
13年前の秋。休暇を取って中央線と篠ノ井線を乗り継いで長野県の諏訪湖を経由して松本を訪れた。紅葉シーズンには早かったため電車はさほど混んでおらず、どこの観光地もゆっくり廻る事が出来た。だから人気の観光地にはオフシーズンの平日に行くようにしている。勿論、旅先に映画館があれば前もって連絡を取り、取材させていただく。その点、中央線沿いは山梨県から長野県まで知る人ぞ知る新旧映画館の宝庫で映画ファンにはたまらないエリアだ。上諏訪から松本に入ったのは夕方遅く。松本城が夕焼け空を背景にシルエットで浮かんでいる。もう入城時間は過ぎて閉門されているので、市内を南北に流れる女鳥羽川沿いにある縄手通り商店街をぶらぶら散策する。