岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

若松孝二監督が遺した学校という名の小さな映画館

2020年10月14日

シネマスコーレ(愛知県)

【住所】愛知県名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F
【電話】052-452-6036
【座席】51席

 先日『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を何ヵ月ぶりに映画館で観た。観客もまばらな客席の向こうのスクリーンで1,000人の東大生と三島由紀夫が討論会を繰り広げている光景を観て「やっぱり映画館はいいな…」と思わず胸が熱くなった。帰り道、無性に若松孝二監督の映画が観たくなって、レンタル店で『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』と『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を借りた。72歳を迎えた若松監督が2008年に発表した『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』は、自宅を抵当に入れ、別荘をあさま山荘のセットに改装して完成させた若松監督の最高傑作のひとつとなった。2012年10月17日に突然逝ってしまったという一報を聞いた日のことを、今でも鮮明に覚えている。生涯150本以上もの映画を撮り続け新作の公開も控えていただけに、そのあっけない幕切れに「なぜ?」という言葉しか出て来なかった。思えば、もうそろそろ若松監督の命日である。

 昔ながらの青物問屋が軒を連ね、毎朝活気に溢れている名古屋駅の太閤通口の路地にミニシアター「シネマスコーレ」がある。若松監督が、若い映画人が作った映画を上映できる場を提供しようという思いで、1983年2月19日に立ち上げた映画館だ。館名にある「スコーレ」はラテン語で学校という意味。その昔、公園に集まって芸術や文化の話をしていたのが学校の起源ということから、ここを映画好きの人々が集う場所にしたいという思いが表れている。

 僕が「シネマスコーレ」を初めて訪れたのは今から15年前。とにかく舞台挨拶やファン同士の交流会などのイベントが、やたら多い…そんな印象の強いミニシアターである。その日も『変身』の舞台挨拶で主演の蒼井優が来場するということで、前日から徹夜組が出ていた。客席は51席…お世辞にも広いとは言えない場内だが、この狭さが実に心地よく、スクリーンとの適度な距離感によって、観客は映画と一体感を味わう事ができる。舞台挨拶ならば尚更だ。ゲストとのトークセッションはまるで座談会のようである。それが多くのファンと映画人たちを魅了する一因となっているのだろう。一昨年の夏に久しぶりに訪れてみると、外壁に手書きのポップやポスターを隙間無く貼られており、アナログ感はパワーアップしているようだ。以前は小さなロビーの壁を来場されたゲストたちの色紙で埋め尽くされ、テーブルに映画のチラシや関連グッズが雑然と並べられたが、斜向いに 「Cafe スコーレ」という映画関連グッズの販売や軽食などができるスペースが新設されていた。

 年間約250本を上映する「シネマスコーレ」には大勢のクリエイターから「ここで映画を上映してほしい」と要望が寄せられている。上映作品を選ぶのは支配人とスタッフだけではなく、観客と一緒に映画館を育てて行こうという方針から、常に観客の反応や意見を取り入れている。最大のヒット作は若松監督が手掛けた『キャタピラー』で、原一男監督によるドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』が続く。また、昭和天皇を描いていることから公開を辞退する映画館が多かったアレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』の上映を敢行して3番目の動員数を実現した。かつて、ピンク映画時代にマスコミからバッシングを受け上映拒否をされたこともあった若松監督。「マニアックであっても観た人が感動するとか、泣くとか笑うとか、何かを感じて帰ってくれるようなものをシネマスコーレは提供したい」と語っていた思いをスタッフと観客が今もしっかりと受け継いでいる。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2005年12月

シネマスコーレのホームページはこちら
http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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