岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

文人墨客が愛した上野の森にあった東宝直営館

2021年07月28日

【思い出の映画館】上野東宝劇場/上野宝塚劇場(東京都)

【住所】 東京都台東区上野公園1-51
【座席】 上野東宝劇場 684席/上野宝塚劇場 522席
※2003年9月1日をもちまして閉館いたしました

終戦当時、上野駅から御徒町駅の通りに、担ぎ屋と呼ばれた人たちが地方から闇物資を運んできたことから巨大な闇市が形成され、それが後のアメヤ横丁の一部となった。戦前の上野は数多くの史跡が残る文化の拠点であったが、戦後は闇市を中心に浮浪者や売春婦たちが上野恩賜公園に集まり、やがて上野の地名は「ノガミ」という俗称で呼ばれる猥雑な盛り場という側面を見せていた。集団就職をする東北地方の農村出身の若者たちが降り立つ北の玄関口として早くから開発が進められると同時に、上野へ乗り入れる常磐線や東北線など沿線の宅地開発が急速に進むにつれ、地方からの乗降者が一気に増えたことに伴い特異な分化を形成してきた。

上野で思い出されるのは森鴎外の名作『雁』だ。昨年、閉館した老舗旅館「水月ホテル鴎外荘」の敷地内には森鴎外の旧邸があり、ここで「舞姫」や「於母影」が執筆された。不忍池の近くにある無縁坂は『雁』主人公・お玉が想いを馳せる青年の散歩コースで「寂しい無縁坂を降りて藍染川のお歯黒のような水の流れ込む不忍池の北側を廻って、上野の山をぶらつく。それから松源や雁鍋のある広小路、狭い賑やかな仲町を通って」と細かくコースの描写がされている。高利貸しの男の妾となったお玉の家があるのが無縁坂で、毎日家の前を通る青年に心を惹かれて行く。『雁』は大映で二度映画化されているが、豊田四郎が監督を務め高峰秀子がお玉を演じた昭和28年版は出色だった。劇中の無縁坂は伊藤熹朔と木村威夫の二人の美術監督が手掛けたセットだが、実際の無縁坂にある旧岩崎邸の石垣や坂の下に広がる上野公園など見事に再現されている。青年を演じた芥川比呂志は、あの芥川龍之介の長男。黒澤明監督の『どですかでん』で見せた怪演が忘れられない。結局、ドイツへ留学が決まった青年に想いを打ち明ける事がないまま不忍池に佇むお玉が、目の前で飛び立つ雁を見つめるラストが印象的であった。豊田監督はパンフレットで、この不忍池の再現と雁を飛ばすことが最大の困難であったが、大映の技術陣によってセット内に再現するに至ったと述べていた。

そんな上野公園を背に、駅のホームからでも見える公園口前に、東宝の直営館「上野東宝劇場/上野宝塚劇場」が設立されたのは、上野が活気に満ちていた昭和29年12月。当時、上野にあった映画館は科学博物館や上野の森美術館などがある落ち着いた雰囲気の公園口から始まり、老舗百貨店や居酒屋が軒を連ねるいつも賑やかな上野広小路にかけて山手線内回りに沿って11館ほどが点在していた。「上野東宝劇場/上野宝塚劇場」があった公園口は、本郷・小石川地区に近接し、アカデミックな面を持っている場所柄から訪れる客層は若者が多かった。東映作品も上映していたこともあった「上野宝塚劇場」は日劇チェーンの洋画を上映、ファミリー層が多かった「上野東宝劇場」では邦画を上映していた。日本映画がピークを迎えていた昭和37年に公開された東宝のドル箱スターである『キングコング対ゴジラ』で、多くの観客が来場した記録を持つ。特に子供向けアニメの集客では銀座・渋谷・新宿を抜いて常に圧倒的な来場者数を誇っていた。

中央に大きく東宝のマークが掲げられた正面エントランスから入場してカウンターで当日券を購入する。外観も内装も設立時から殆ど変わっておらず古い映画館特有の壁に染み付いたポップコーンと煙草とフィルムの香りが漂う。地下にある「上野東宝劇場」の場内は天井が高く開放的で、傾斜がかなりついていた2階席が常連客には人気があった。カラフルな床のタイルが印象的な2階のロビーには年代もののTVゲーム機が置いていて、懐かしさから待ち時間に遊んでいると、いつの間にか夢中になってしまい上映開始のブザーの音で慌てて場内に駆け込む事があった。1階にある「上野宝塚劇場」もワンスロープの場内は広く、奥行きのあるスクリーンは最前列に座っても苦にならなかった。

下町の住宅地に近いから、夏休みや春休みになると子供たちが友だちと一緒に自転車でアニメの前売りを買いに来る光景がよく見られ、そんな子供たちの声にロビーは溢れていた。また年末になると売店では恒例の「東宝カレンダー」が発売され、毎年それだけを買いに来るお客さんも多かったそうだ。書き入れ時のハイシーズンになると、スタッフが毎回あの手この手でイベントを考え、ゴジラの旧作からのポスター展を開催したり、映画館に眠っていたレアな逸品を抽選でプレゼントするなどファン心をくすぐる企画を行っていたのも名物だった。そんな下町の東宝封切館としてヒット作を送り続けた二つの映画館は、施設の老朽化に伴い、特別なイベントも行わず『劇場版ポケットモンスター』と『ターミネーター3』の通常興行をラストショーとして半世紀に亘る歴史に幕を降ろした。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2002年12月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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