岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

村上春樹文学をめぐる冒険

2021年12月21日

『ドライブ・マイ・カー』

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

【出演】西島秀俊、三浦透子、霧島れいか/岡田将生
【監督】濱口竜介

カンヌ映画祭脚本賞受賞 秀抜な会話劇だが構成に疑問

村上春樹の最初の長編小説「風の歌を聴け」(講談社)は、1979年の夏に刊行された。この本には春に発表された第22回群像新人賞の受賞帯が施されていた。カバーの表紙のイラストは、村上のたっての願いで佐々木マキのイラストが採用された。

映画化されたのは早く、81年12月に公開されている。監督は自主映画からそのキャリアをスタートさせ、75年に脚本家の登竜門として設立された城戸賞の第3回(77年)にして初の入選者となった大森一樹。受賞作の『オレンジロード急行』は商業映画(=松竹)の監督作品として製作された。80年には医大生の青春群像劇『ヒポクラテスたち』(ATG)で高い評価を受けた。

村上春樹は京都生まれで、兵庫県西宮、芦屋市育ち。大森一樹も大阪生まれで芦屋市育ち。『風の歌を聴け』の主人公・僕は、東京の大学生だが、夏に帰省する港街が舞台で、それは兵庫の神戸である。

49年生まれの村上が年齢では3つ上だか、ふたりはいくつかの共通点に結ばれている。

『ドライブ・マイ・カー』は村上春樹の短編小説集「女のいない男たち」(文藝春秋)に収録された同名の小説の映画化である。

舞台俳優で演出家の福家悠介(西島秀俊)は、脚本家の妻・音(霧島れいか)と暮らしている。

音は夫に物語を語りかける。日常の会話に紛れ込む時もあれば、SEXの最中であったりする。悠介はそれを記憶し、音は朝になると放り出して中断した物語の記憶を繋ぎ、続きを模索する。不思議な創作の方法は、夫婦の常なのだろうが、そこには病的な闇を感じる。悠介と音は娘を失った哀しみを共有していた。

ある日、悠介はアクシデントに見舞われたことをきっかけに、音が他の男と情交する場を目撃する。だが、そこには取り乱すような驚愕は感じられない。

その直後、音はクモ膜下出血で急逝してしまう。悠介は新たな喪失をひとり抱える事になる。

そして2年後、地方で行われる演劇祭の芸術監督になった悠介は、期間中は車の運転を禁じられ、主催者から運転手を充てがわれる。女性ドライバーのみさき(三浦透子)は、拘りの強い悠介の眼鏡にかなう。

村上春樹の小説の映画化は、『風の歌を聴け』後、6本の長編と4本の短編がある。各国各言語での翻訳が広く行われて、国際的な知名度を増したこともあり、映画化にもアメリカ映画あり、ベトナム人監督作品があり、、韓国映画あり、と多国籍化が進んでいる。長編小説のいくつかが、圧倒的な村上ワールドを形成し、安易な映像化を困難にしていることもあり、短編小説に偏る傾向は顕著ではある。
村上春樹の短編小説は会話で構成されたものが少なくない。

「沈黙」は(「レキシントンの幽霊」文藝春秋/1996年)は、飛行場の待合室で交わされる会話、それによって語られる事になる過去の話によって構成されている。人の心の闇を抉り取った本作は、あくまでも私見だが、村上春樹の短編小説の最高作と言える。

寡黙な、あるいはそうあるべきと、認識している女性ドライバーは、片道1時間程の行程、必要以上に言葉を発することはない。車内には生前、音が残した台詞の朗読の声が流れる。

悠介が芸術監督を務める演劇祭ではチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が上演される。そのオーディションには、音が書いたドラマに出演した高槻(岡田将生)が参加していた。悠介は音と高槻に肉体関係があったことを知っている。

「ワーニャ伯父さん」のオーディション、本読み、立ち稽古という流れに、送り迎えの車内での会話、高槻との会話が絡むという複雑な構成を取っている。悠介の演出スタイルである "グローバルなコミニュケーション" という方法論が、次第に深みを増す個々の会話に何らかの意味や示唆といった影響を与えているのかもしれないが、これが明確になることはない。

女性ドライバーみさきの母との関係の昔語りの虚飾性は、廃屋という実像で真実味を増す。

一方、高槻は音のことを語るが、そこから唯一見えてくるのは自らが抱える闇である。はたして、それは音も同様に内包していた欲望の闇なのだろうか?

その謎は明らかになることはない。

悠介の西島秀俊は、凝り固まった村上春樹好みの人物像を "引いた立場" という、受身の立ち位置を維持して好演している。

高槻の岡田将生は好青年のイメージから脱する役に挑戦しているが、本作でも激情型の人物像と一瞬見せる狂気はキャリアハイの演技といえる。

みさき役の三浦透子は寡黙で無表情を強いられる難しい役どころを繊細に演じ切った。

見え隠れする人の闇をあぶり出す会話劇の切味は、村上春樹文学の最良の映画化と言えるが、複雑な構成が効果的に機能しない分、伏せ字となった見せない真実が浮かび上がってこないまま、不満のジレンマという "シコリ" になるのは皮肉な結果だ。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

観てみたい

100%
  • 観たい! (9)
  • 検討する (0)

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

ページトップへ戻る