岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

長年眠っていた貴重なフィルム作品を発掘・上映する。

2023年06月28日

神戸映画資料館(兵庫県)

【住所】兵庫県神戸市長田区腕塚町5-5-1-201 アスタくにづか1番館北棟2F 
【電話】078-754-8039
【座席】38席

かつて「履き倒れの街」と呼ばれていた神戸市の中南部に位置する新長田は、ケミカルシューズ産業で栄えてきた街だ。駅前から伸びる大正筋商店街には古くから映画館や芝居小屋も多く、工場の寮に住み込みで働いていた若者たちで通りはいつも賑わっていた。最盛期の1960年代には長田区に11館もの映画館があり、高度経済成長期以降も戦後から続く映画館が多く残っていたのだが、1995年に街の様相は一変してしまう。1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって、商店街の65%が倒壊と火災によって壊滅的な被害を被ったのだ。

最も被害が大きかった新長田だったが、数ヶ月後には仮設店舗で営業が再開され始めていた。そんな時に『男はつらいよ 寅次郎紅の花』のラストシーンが撮影された。旅の途中、寅さんが震災に遭遇したという設定で、実際のニュース映像に寅さんを合成して、その番組をとらやの人たちが見て驚く。その後、寅さんはボランティアとして持ち前の手腕を振るっていた(その場面は劇中には登場しない)と教えてもらって一安心。配給物資に並ぶ人たちを手際よくまとめたり、先頭に立って役所に掛け合ってくれたりと、大活躍していたのだが、同じ避難所にいた元芸者の女性にフラられて…というお決まりの経緯も聞かされて、結局さくらは落胆する。そして寅さんが再び、復興が進む新長田にやって来て、宮川大助・花子演じる夫婦が営むパン屋を訪れるのだ。この印象的なラストシーンが、事実上、シリーズの最終カットとなった。

このように被災した商店街の店主たちが自ら再生に向けて行動を起こした地域はたくさんあった。なかなか進まない復興計画に、大正筋商店街の店主たちは「行政ばかりに頼ってはいられない」と、自ら再生に向けて行動を起こしたのだ。そのひとつが震災から僅か5ヵ月後に出来た100軒の被災した店舗が入る巨大な仮設店舗「復興元気村パラール」だった。2004年にはその場所に、復興事業の一環として、6つの街区で構成された複合商業ビル「アスタくにづか」が完成する。ところが立派な施設ができたのに、なかなか震災前のような活気を取り戻せずにいた。そこで地元の人たちは、震災前は映画街だったこの場所に「誰もが気軽に集まれる映画館を作ろう」と検討を始めたのだ。

映画館とフィルムアーカイブ施設を兼ねた「神戸映画資料館」がオープンしたのは、竣工から3年後の2007年だった。館長を務める安井喜雄さんは、1970年代に仲間たちと「プラネット映画資料図書館」を立ち上げた人物で、全国の映画の専門家にはその名が知れ渡っている存在だった。ちょうど、長年収集してきた貴重なフィルムコレクションを保管・上映出来る場所を探していた安井さんは、地元の人たちから相談を受けて「神戸映画資料館」設立に向けて動き出したのだ。小さいながらも快適な場内に併設されたカフェは誰もが気軽に立ち寄れるよう、明るいオープンスペースとなっている。映画を観ない人でもお茶ができるので、買い物途中にフラッと立ち寄る常連さんも増えた。

こちらに収蔵されている映画フィルムは、十代の美空ひばりが出演していた『南海の情火』や原節子の最古の出演作『魂を投げろ』といった貴重な作品から、一般家庭の様子を撮影したホームムービーに至るまで、実に2万本以上にも及ぶ。ジャンルや有名無名の区別なく収集しており、弱小の映画会社が作った時代劇やB級スリラー、戦後流行った浪曲映画などDVD化されないようなレアな作品も多い。また商業映画に限らず、小学校の映画会で上映されていた教育アニメーションやスライド(昔は社会運動などの場でスライドを手で動かして上映していた)に至るまで、普通の映画館では観ることが出来ない貴重な作品を保存している。

阪神・淡路大震災から15年目の年には長田で暮らす人々を捉えた作品の上映や、東日本大震災の復興支援上映が行われるなど、震災を体験した街の映画館だからこそ伝えられる上映会を積極的に行ってきた。神戸をテーマにした作品を特集した上映会『神戸の映画・大探索』には、昔の街並みを見ようと場内に入り切れないほどの人たちが来場して当時の様子を懐かしんだ。2009年にはドキュメンタリー作品を紹介する「神戸ドキュメンタリー映画祭」が立ち上がり、現在は「神戸発掘映画祭」として、新たに発見されてデジタル復元した無声映画や、個人が撮影した戦前のアマチュア映画やホームムービーなど貴重なフィルムを上映している。

基本的には個人や団体からフィルムの寄贈の話があると全て引き取られているが、収集・保管には保管する場所の確保等、並々ならない苦労も伴う。引き取ったフィルムの中には経年劣化等で、ビネガーシンドロームを起こしているもの少なくない。修復には多大な費用がかかるため外部機関との連携が不可欠だ。ここにしか現存しない作品もあり国立フィルムアーカイブ等に原版として提供し複製されることも多い。限られた予算と少ないスタッフで運営している「神戸映画資料館」だが、ここでは映画に興味を持つ人であれば、誰もが活動に参加する事が可能だ。特に専門的な知識は必要無い。個々が自分に出来る事を提供して、資料の整理をしたり、専門家の人たちの研究に立ち会ったり…そんなお金には変えられない体験が出来るのだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2018年8月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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