岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

歴史と文化の城下町に市民の声で復活した映画館。

2024年07月24日

THEATER ENYA(佐賀県)

【住所】佐賀県唐津市京町1783 KARAE1階
【電話】0955-53-8064
【座席】62席

佐賀県の北西部に位置する玄界灘を臨む風光明媚な城下町の唐津を訪れた。福岡から地下鉄空港線に乗って筑前前原でJR筑肥線に乗り換える。唐津までは1時間半ほどの行程だ。街に入る手前で黒髪山を源流として玄界灘に注がれる松浦川を渡る。閑静な駅前には今も昭和の雰囲気が残る商店街があって、通りには歴史ある建造物が建ち並ぶ。まずは唐津湾を背に町を見守るように立つ唐津城に向かって歩を進める。西の浜沿いにある石垣の散歩道を歩くと、この辺りを根城にしているらしき一匹の野良猫が私の後をずっと付いてきて困ってしまった。駅からぶらぶら歩いて20分。街を散策するには適度な距離だ。唐津城の天守閣に上ると、市街地と唐津湾が一望出来て街の構造がよく分かる。街の中心を松浦川から分岐する町田川が流れており、この二つの川が昔から唐津に住む人たちの生活を支えてきたのであろう。

唐津は大林宣彦監督が晩年に手掛けた映画『花筐/HANAGATAMI』の舞台である。43年前に映画化を考えた大林監督がロケ地について生前の檀一雄に尋ねたところ「唐津に行って御覧なさい」という答えが返ってきた。その後も原作の難解な内容から長らく書棚に仕舞い込まれていた草稿だったが、再び実現の方向に進み出す。台本決定稿の冒頭頁にその経緯が記されているが、そのキッカケを作ったのが、唐津にあるまちづくり会社「いきいき唐津株式会社」で専務取締役を務める甲斐田晴子さんとの出会いだった。大林監督がロケハンに訪れた際に案内された唐津伝統の祭り「唐津くんち」で、高さ約7メートルもの14台の曳山が街なかを駆け抜ける勇壮な姿と、人の人生を映し出すような子供からお年寄りまで曳き子の姿に魅了されたと語っている。

『花筐/HANAGATAMI』の制作に深く関わった甲斐田さんが主導して唐津の町に22年ぶりに映画館「THEATER ENYA」を復活させたのは2019年10月25日。少子高齢化が深刻化する地方都市にとって映画館という存在は、子供たちに良質な映像文化に触れる機会を届ける場であり、高齢者が孤立せず健康で幸せに過ごせる予防福祉の役割を果たす機能も担っている…と、甲斐田さんは映画の持つ力を信じている。以前、街に欲しい機能・サービスは何か?という住民のニーズ調査を行ったところ「映画館・本屋・カフェ」という結果が出た。そこで市民団体「唐津シネマの会」を発足して市のホールで定期上映会を行うと徐々に来場者が増えてきた。やがて常連さんの中から「新作映画が観たい!」とか「ビールやポップコーン片手に映画を観たい!」という声が上がって来た。そこで商店街の再開発事業として計画を進めていた複合商業施設「KARAE/唐重」の中に映画館を作ろうとなったのだ。甲斐田さんは映画館をただ復活させるのではなく、永続的に運営するため地元法人による年間スポンサー制度や佐賀県のNPOふるさと納税支援団体として認定を受けるなど、入場料だけに頼らない持続可能な収益源を確保する財政基盤の骨子を作った。

「THEATER ENYA」のロビーには、『花筐/HANAGATAMI』で使用された小道具や竹内公一美術監督より寄贈されたラフスケッチが展示されている。客席は一番良いとされる中央の列が車椅子用の席となっており、障碍者の方が気軽に来場出来る設計となっている。上映作品はアート系から話題性のあるアニメまでを幅広く取り扱っており、今まであまり映画館に行ったことがない子供たちや学生が観に来るようにもなった。中でも菅田将暉と有村架純が主演した『花束みたいな恋をした』には80%近くの地元の中高生が来場して、中高生にはちょっと難しい恋愛映画ではないか?と抱いていた懸念と裏はらに、その映画を観ることが学校でちょっとしたステータスになっていたようだ。そんな若い人たちにたくさん映画を観てもらいたいという想いから「学生サブスクリプション」という取り組みを続けている。これは、学生であれば年会費5,000円で「THEATER ENYA」で上映される映画が観放題となるのだ。今後、この制度を広めるために、子供たちに是非観て欲しい作品をセレクトして、保護者や学校の先生に向けて試写会を行っていく予定だ。

また、映画館が主催する「唐津演屋祭」という映画祭を2021年より開催している。クリエイターの人材育成を目的とするコンペティションでは、金賞を受賞すると賞金20万円とトロフィーが授与される。驚くのはこの映画祭にエントリーされる作品はどれもクオリティが高いということだ。1回目の金賞を受賞した瑚海みどり監督作品『ヴィスコンティに会いたくて』は脚本も勿論だが、ひとつひとつの構図や画角・カット割が実に秀逸で、現在もYou Tubeで観賞可能なので是非観ていただきたい。このように地元の人たちのために立ち上げた映画館が、今度は映画祭で全国のクリエイターを応援する。そんな映画祭では思いもよらぬ副産物をもたらした。唐津を訪れた映画制作者たちが唐津の魅力をたくさん発信してくれたおかげで、唐津に行ってみたいと思う人が増えたのだ。

一日かけて唐津を堪能した私は、帰りの電車まで少し時間があったので、甲斐田さんから教えていただいた「竹屋」という明治10年創業の鰻料理の老舗に立ち寄ってうなぎ丼を食べた。創業時は刀研ぎと漆工を営んでいたらしいが、料理屋となったのは明治になって廃刀令が施行されてからのこと。松浦川で獲れたうなぎ料理が好評だったため専門店となったそうだ。入口で靴を脱いで奥の店内に案内される。昼時を過ぎていたので店内に客は一組しかいなかった。身が締まった鰻はほくほくとして口の中で旨みが広がる。タレは創業当時からつぎ足しているそうだ。ちなみに大正12年に建て替えられたという木造3階建ての店舗は国の登録有形文化財に登録されている。唐津にはこうした街にさり気なく溶け込んでいる歴史的建造物が多いことに驚いた。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2024年2月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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