岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

時代を超えた天才に追いつかない評価と知名度

2022年07月21日

「月曜日のユカ」上映に寄せて~中平康のこと~

"面白い映画"へのこだわり

映画監督中平康。この人の作品に惚れたのは私が中学3年生だった2012年。ちょうど日活が100周年を迎えたことから、衛星放送などでかつての日活映画が数多く放映された。受験などそっちのけで観ていたわけだが、その中でひと際輝いていたのが彼の作品だった。良い作品は時代を超えるとはよく言うが、そこには間違いなく現代にも通じる面白さとモダニズムがあった。

中平康は映画の盛り上げ方を熟知している監督で、そのシークエンスをいかに面白くみせるかということに関しては一流だ。そのための労力は惜しまず、時にタブーですら軽々と超えていく。しかもそこにあるのは“タブーを超えてやろう”という気概ではなく、あくまでも“面白くしてやろう”という意識のみ。社会派やテーマ主義の作家が評価された時代に娯楽映画で殴りこんだ。圧倒的なセンスとテクニックを引っ提げて。

しかし、早すぎた才能は当時の観客には伝わらなかった。批評家にも黙殺された。キネマ旬報ベストテンに入選したこともなければ映画賞にも縁がなかった。彼の才能は迫力を出すためのカット割りや流麗な編集による心地良さといった、意識的に観なければ気が付かないテクニックにこそある。面白さは伝わってもそのことが監督の才能と結びつきにくいタイプである。だからこそ批評家や映画好きが評価し、伝えていかなければならないと思うのだが、今なお娯楽作品が下にみられ、面白く仕上げることの凄さと難しさが理解されない現状がファンとして少々じれったい。

洋画を好み、洗練されたものを愛した監督。荒唐無稽な内容を映画的な面白さへと昇華させるセンス。少々の倒錯や毒を混ぜながらスピーディーなテンポで語っていく彼の作品の中から私が特に愛する作品を紹介したい。

「危いことなら銭になる」 荒唐無稽なアクションコメディとして中平康の到達点ではないか。男勝りな女の子や軽妙な悪党三人組の掛け合い、ちょっとしたお色気にスタイリッシュなアクション。現代のアニメでありがちな要素をすでに散りばめているのが凄い。マシンガンのようなセリフと奇抜なキャラクター造形、意表を突く描写などなどどこを切り取っても大好きな映画だ。

「猟人日記」 前半と後半でテイストががらりと変わる陰惨なエロティックミステリー。日記の文面やイメージショットの挿入、殺人シーンにおけるカッティングは見事で、直接描写によるグロテスクさがありながらもスタイリッシュなところに中平康の美意識が感じられる。

「黒い賭博師」 007の影響を受けたコミカルなギャンブラー映画。荒唐無稽な世界をさらに強調する演出にこそ中平の才気がある。テクニックも健在で、ルーレットをバックにしたクレジット、人物の目線の動きに合わせたカット割り、イカサマを丁寧に描写するといった細かい工夫が随所にみられる。

「才女気質」 戦後の京都を舞台に新旧の価値観がぶつかり合うホームドラマ。人物の歩くスピードで性格や心情を描写したり、同じショットでも音楽の有無で対比させたりと演出のスマートさは抜群。階段から落ちるといった人物の動きやアップなどを用いて各シークエンスにオチをつけるところにこだわりを感じる。

「あした晴れるか」 スクリューボールコメディを日本で成立させた数少ない映画の1本。今ではよくある“メガネを外すと美人”というキャラクター設定を1960年に描いている凄さ。ポンポン飛び出すズレた会話に予想外の行動をとる登場人物たちが躍動する。ヒロイン芦川いづみもキュート!

「その壁を砕け」 サスペンスはテクニックで面白くなる最たるジャンル。特にオープニングクレジットのカメラは縦横無尽だ。堅実にショットを積み重ねることでサスペンスを盛り上げていき、ラストで鮮やかに締める。脚本の欠点を演出でねじ伏せる力強さがあった。

「紅の翼」 航空サスペンスである本作はメカニック描写の緻密さが印象的だ。セスナの離陸を丁寧にみせることで不時着シーンを盛り上げるという演出。ここではカットを細かく割ることでミニチュアのチープさをごまかしつつ迫力を生み出している。こうした物体によるアクションでは驚くほどの冴えをみせる。

「月曜日のユカ」 テロップやストップモーション、縮小画面などテクニックに満ちた1本ながらヨーロッパ映画の雰囲気をまとった1本。女優を輝かせるのが上手く、本作でも加賀まりこの魅力が凝縮されていた。中平作品の中では「砂の上の植物群」と並ぶ前衛的な映画である。

他にもテクニックに満ちた「殺したのは誰だ」や「密会」、青春映画「あいつと私」、洒脱な恋愛群像「誘惑」、「街燈」に加えて「泥だらけの純情」や「牛乳屋フランキー」、「四季の愛欲」も捨てがたい。とまぁ好きな作品がどんどん浮かんでくるのでこの辺で筆をおくことにするが、ひとりでも多くの人にこの才能が伝わることを願ってやまない。

語り手:天野 雄喜

中学2年の冬、昔のB級映画を観たことがきっかけで日本映画の虜となり、現在では24時間映画のことを考えながら過ごしています。今も日本映画鑑賞が主ですが外国映画も多少は鑑賞しています。

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語り手:天野 雄喜

中学2年の冬、昔のB級映画を観たことがきっかけで日本映画の虜となり、現在では24時間映画のことを考えながら過ごしています。今も日本映画鑑賞が主ですが外国映画も多少は鑑賞しています。

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