岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ロビーに海鳥の声が聞こえる北の港町にある小さな映画館

2018年11月28日

浦河大黒座(北海道)

【住所】北海道浦河郡浦河町大通2-18
【電話】0146-22-2149
【座席】48席

 札幌からバスに乗って4時間…北海道日高地方にある人口1万7千人の小さな漁師町の浦河町に向かう。主要路線のJR日高線は、3年の間に続けて起きた高波と台風によって甚大な被害を被ってから運休を続けているため、バスが唯一の公共交通だ。

 浦河国道に入ると日高線の線路の向こうに北の海が広がる。国道沿いには種馬の産地として有名な新冠があり、門別競馬場を過ぎると競争馬の牧場がいくつも見えてくる。そう、ここは馬の王国だ。海沿いの牧場で草を食む馬の姿を見ていると、舟木一夫と内藤洋子が共演した映画『その人は昔』を思い出す。主人公たちの故郷で、内藤洋子が名曲「白馬のルンナ」を歌いながら砂浜で馬の世話する場面は、襟裳寄りにある日高の海岸で撮影された。

 狩勝峠から襟裳岬まで南北に走る日高山脈から注がれる清流は、豊かな作物を育み、やがて海へと流れていく。この辺りの漁業は歴史が古く、江戸時代にまで遡る。浦河町は開拓前から鮭や昆布を獲る松前藩の船が停泊する港であり、戦後まで漁師たちが身体を休める場所として賑わっていた。

 訪れた時は春ウニの最盛期で、ウニ丼祭りなるイベントが開催されていた。町に着いたのは日が落ちた夕方遅く…港に沿って東西に広がる整備されたメイン通りでバスを降りると、仄かに潮の香りが漂う。

 通りから横道に入った船着き場の近くに、大正7年に創業された小さな映画館「浦河大黒座」がある。元々、大工をしていた創業者が、敷地内にあった空間を旅芸人や浪花節などの興行師に貸していたのが始まり。その後、阪東妻三郎主演の無声映画『影法師』をこけら落としに、木造二階建ての活動写真常設館を設立した。

 当時の場内は畳の枡席で、お客さんは下足番に上履きを預けて入場していたそうだ。冬は小さい火鉢を貸し出しており、手元に置いた火鉢で暖を取りながら映画を観ていた。戦後の盛況ぶりは今でも語り草となっており、日高線の乗客の殆どが映画館を目指していたという。

 高度経済成長期の頃は港も好景気で、お色気映画をやっていたナイトショーは漁師たちで賑わっていた。海が時化ると漁師は沖に出られないため、早々に昼からお色気映画に切り替えた…というのも港町の映画館あるあるだ。平成5年の道路拡幅事業による建て替えの際には、映写室とスクリーンの位置も直線上になるよう館内の設計にこだわった。また、楢の木を使った場内の椅子は、有名な旭川家具のデザイナーが手掛け、抜群の座り心地だ。

 今年で100周年を迎えた「浦河大黒座」は、昔から運営は家族ぐるみ。受付に飾ってある色紙に書かれた「映画を見ない人生より、見る人生の方が豊かです」という三代目館主の言葉が胸を打つ。取材を終えると「遠くまで来てくれてありがとう…」と、今も受付に座る先代の奥様(92歳!お若い)が、今年獲れた日高昆布を持たせてくれた。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2018年5月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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