岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

故アンジェイ・ワイダ監督が
『残像』で問うものとは

2017年11月30日

故アンジェイ・ワイダ監督が『残像』で問うものとは

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

2016年に90歳で亡くなったアンジェイ・ワイダの遺作『残像』。彼がポーランドのみならず世界の巨匠であるのは誰も異論を挟まないだろう。世界各国の映画祭やアカデミー賞など世界中の映画賞を受賞している。

 ワイダは『世代』、『地下水道』、『灰とダイヤモンド』の抵抗3部作が評価され、1950年代に世界的名声を得た。日本ではその後の60年代、『灰』、『天国への門』、『蠅取り紙』などが劇場公開されず、70年代の『婚礼』、『麻酔なしで』、『ヴィルコの令嬢』なども同様で全生涯の約40本中、13本を見ていない。映画祭や自主上映などの形で公開された作品もあるかもしれないが、半数はDVDやビデオ化もされていない。
 ワイダの中であえて3本を選ぶとすれば、『灰とダイヤモンド』、『白樺の林』、『カティンの森』だ。『灰とダイヤモンド』は主人公と恋人が廃墟となった教会を散策すると、逆さ吊りのキリストが驚かせ、どこからともなく白い馬が現れる。逆さのキリスト像は宗教への絶望を、白い馬は救いの騎士への渇望なのだろう。暗殺を終えた瞬間、爆音と共に地面の水たまりに花火のシルエットが映ったり、真っ白なシーツに主人公の血を黒く対比させたり、今見ればケレン味たっぷりの演出だった。若いころの才能と腕力にまかせたような作品だったが、同時に力強さも感じさせる内容だった。
 今年公開された『残像』は晩年の衰えを全く感じさせない、緊張感溢れる傑作である。映画は実在の現代絵画の画家で大学の美術史の教授でもある人物の晩年のさまを描いている。時は第二次大戦を終えて数年後。市場経済は混乱しており、人々は配給券を持って、長い列を待ちながら食料品を購入している。ポーランド中央政府はソ連のいいなりで、あらゆる芸術はマルクス・レーニン主義に基づき、社会主義形成に役立つものでなければならない、と主張している。一方この主人公は、芸術はそれのみのために純粋であるべき、との立場から全く受け入れられない。文化大臣に正面から異を唱えた主人公は教授の職を解かれ、配給券も失い、画家協会の会員資格も失い、画材店では絵具も売ってもらえなくなる。
 このような弾圧を受けた画家が晩年をどう生きたか、という話をワイダは淡々と描く。根底にあるのは監督自身の絶望と怒りだ。映画の世界ではすべてを得たワイダがなぜ今になってこのようなテーマを選んだのか。恐らく今日のポーランド、世界にはまだまだ満足できないと言っているのだろう。戦後に比べれば暮らしは豊かになったが、精神はどうか。この映画の主人公のような立場になったとき、沈黙の抵抗をわれわれは出来るのか、と問うているのだ。

語り手:シネマトグラフ

外資系資産運用会社に勤務。古今東西の新旧名画を追いかけている。トリュフォー、リヴェット、ロメールなどのフランス映画が好み。日本映画では溝口と成瀬。タイムスリップして彼らの消失したフィルムを全て見たい。

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語り手:シネマトグラフ

外資系資産運用会社に勤務。古今東西の新旧名画を追いかけている。トリュフォー、リヴェット、ロメールなどのフランス映画が好み。日本映画では溝口と成瀬。タイムスリップして彼らの消失したフィルムを全て見たい。

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