岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

愛知県郊外の映画館でギュウギュウ詰めで映画を楽しむ。

2021年10月27日

【思い出の映画館】西尾劇場(愛知県)

【住所】愛知県西尾市花ノ木町4-15
【座席】234席
※2011年9月をもちまして閉館いたしました

場内に残る壊れて傾いた座席は、東映のヤクザ映画が全盛だった頃、映画に熱中したあまり荒々しい観客が前の座席を蹴飛ばした時のものだった。そんな時の流れがストップしたまま昔と変わらない姿で残る映画館が愛知県郊外の西尾市にあった「西尾劇場」だ。昭和15年9月2日に岡崎市にあった「龍城座」を移築して関西歌舞伎の十三代目片岡仁左衛門の柿落としで芝居小屋としてスタートを切ったのが前身となる。戦時中は軍の規制が厳しく興行数は少なくなっていたが、戦後からは芝居も復活し、さらに東海林太郎、エノケン、美空ひばりなどの銀幕スターが舞台を飾るようになった。

本格的に映画興行を始めたのが終戦直後の昭和21年頃から。講和条約が結ばれるまでGHQの管制下に置かれていたため、進駐アメリカ軍の命令によって半ば強制的にハリウッド映画を中心とする洋画専門で上映を行っていた。昭和26年に講和条約が結ばれると映画が自由解禁となり東映が創業を開始。「西尾劇場」でも日本映画を上映出来るようになった。美空ひばりが舞台挨拶で来場した時には臨時列車が運行されて2000人近い観客が押掛けたという。

元々、芝居を行う劇場として設計されていたため両側には桟敷席があって、昭和38年の改装までは場内に花道も残っていたという。しばらくは映画と芝居を両方行っており、芝居の時は従業員や裏方だけでも100人以上が働いていたという。取材時でもスクリーン前のステージには回り舞台が残っており、舞台下には使用されなくなった楽屋や、裏手には大道具の背景が残っていた。全国を巡業している旅回り一座も公演を行っていたが、こうした興行も昭和43年で最後を迎えた。近隣には公共施設が無かったため、映画だけではなく、舞台の広さを活かして、女子プロレスやキックボクシング等の格闘技、青年団などの集会からストリップまで多目的に利用出来る左折としての役割も担っていた。

日本映画の全盛期は、場内に人が入りきれないのは日常茶飯で、通路に新聞紙を敷いて観たり、2階席も隙間が無いほど立見のお客さんで埋め尽くされ、冬にも関わらず冷房かけても効かなかったという。その状況を経営者は、2階席から人が落ちないように…とヒヤヒヤして見ていたという。「西尾劇場」は、東映の専門館として時代劇から任侠ものといったプログラムピクチャーを送り続けて来た。当時、片岡千恵蔵の時代劇や高倉健の任侠ものに毎回多くのファンが詰めかけ興奮のあまり椅子を蹴飛ばしては破壊してしまった程、場内は熱気に包まれていた。ヤクザ映画は地域性がハッキリ出ており、例えば同じ高倉健の映画でも『網走番外地』は入っても『唐獅子牡丹』は全く入らなかったり…都会的なイメージの俳優が主役の映画は入りが悪く、東京よりも関西でうけた作品が人気があったようだ。 一般作から子供向けの映画まで幅広く上映するようになると様々な試みを行うようになる。年末には劇場前でもちつき大会を行ったり、創業時から変わらないレトロな外観を活かして、ロビーを改装して、駄菓子の山で埋め尽くし、壁には鶴田浩二や藤純子、千葉真一といった往年の東映スターたちの広告ポスターを展示。まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような楽しい待ち時間を過ごすことが出来た。入口の受付奥の壁一面にもレア物のロビーカードが無造作に貼付けられていたりと館内至るところに思わぬお宝が描かれているので、ロビーを物色するだけでも時間はあっという間に過ぎてしまう。よく見ると商品を陳列する後ろに、大映時代の『妖怪大戦争』のポスターやスチール写真が貼っていて驚いた。まさに、ここのロビーは、劇場の歴史と映画の歴史の宝庫だったのだ。

高度経済成長期には「西尾劇場」を中心に飲食店やパチンコ店などの娯楽施設が軒を連ねていた。西尾市は大きな企業や工場を誘地していなかったので、人口が増えて開発される事がなく、おかげで昔の街並が残っていた。劇場周辺は昔ながらの飲み屋が取材時にも数多く残っていた。昭和37年には大改装を行い、芝居小屋だった頃の花道や桟敷席は姿を消してしまうが、場内の柱や舞台は当時のまま。映写室には昔からずっと使い続けている真空管のアンプが今でも現役のまま設置されており、そこから流れる柔らかな音が実に心地よく耳に入っていた。そんな「西尾劇場」も平成23年9月から不定期上映となり、2013年4月14日の試写会を兼ねた最終上映(劇場で撮影された『怪特探 KAITOKUTAN岸部町奇談』)をもって閉館された。この日は県知事と市長も劇場を訪れ、ファンとともに別れを惜しんだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2005年12月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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