岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

好きな映画を語り合える東京下町のミニシアター。

2023年09月13日

Stranger(東京都)

【住所】東京都墨田区菊川3-7-1 菊川会館ビル1階 
【電話】080-5295-0597
【座席】49席

近年、東京の東側エリアにある清澄白河・森下・菊川駅周辺が面白いとよく耳にする。若い頃、そこから少し離れた荒川の近くに住んでいたので多少の土地勘はあるのだが、当時の記憶は、町工場や倉庫が点在する赤サビと油の匂いが漂う印象の街だった。バブル期に青春時代を過ごした人たちには、トレンディドラマの走りとなった「男女7人夏物語」の舞台…と言った方が通りが良いかも知れない。このドラマで下町のイメージはガラリと変わった。隅田川と荒川に挟まれたこの界隈は、運河が縦横無尽に張り巡らされた江戸時代から続く物流の要所で、必然的に橋の街でもある。ドラマの中で、隅田川を挟んで両岸に住む主人公の明石家さんまと大竹しのぶが往来していたのが清洲橋だ。大竹しのぶ演じる主人公が住むマンションは清澄白河にあって、近くを流れる小名木川には、葛飾北斎の富嶽三十六景に描かれている万年橋が架かる(今は鉄筋コンクリート化されているが)。リバーサイドという言葉が流行ったのもこの頃だ。30年ぶりに訪れると、街の変貌ぶりに驚いてしまった。清澄庭園と東京都近代美術館を中心に、アートギャラリーやカフェが数多く建ち並び、スマホ片手に街を散策する若い人たちが多くなっていた。かつての倉庫や工場はファッショナブルな空間に生まれ変わっていて…なるほど、こういう都市開発の手があったのかと感心する。

そんな下町エリアに、まだコロナの直中にあった2022年9月16日、ミニシアター「Stranger(ストレンジャー)」が誕生した。元パチンコ店だったという建物は菊川駅から徒歩1分という好立地にある。どこの映画館も閉館・休館を余儀なくされていた時期に、映画館がオープンするというニュースは、映画ファンの心に希望の灯をともしてくれた。いつかは自分のブランドとして映画館を立ち上げたいと思っていた代表の岡村忠征さんは、コロナで非常事態宣言が出されていた当時の心境を振り返る。「渋谷や新宿のお店が一斉に自粛して、どこにも行けなかった時に、近所にある古着屋や古本屋で、ただ立ち話をするというのが心地良かったんですよ」特に目的があるわけでもなく、フラッとお店を訪れる。共通の好きなものを介して、スタッフと交わされる店先のコミュニケーションによって日常が豊かになった。それがコロナ禍で気づいた事だったという。

そんな映画館を作りたい…岡村さんの思いはコロナ禍の中で大きくなっていく。そんな気持ちを更に後押ししてくれたのが、新橋にあるTCC試写室を会場として名作映画を上映する「土橋名画座」との出会いだった。ハリウッドのプログラム・ピクチャーの大家リチャード・フライシャー監督特集を観に行った岡村さんの目に飛び込んできたのが、映画館に人が入らなかったその時期に、30席程の場内を若者からお年寄りまで幅広い映画ファンで満席の様子だった。だったら、特集上映形式で30席規模の映画館ならば自分でも作れるのではないか?と思ったのだ。その時、スタッフとお客さんが、いつでも自由に好きな映画について語り合えるギャラリーの要素を持ったカフェと、スタッフが厳選する特集上映をウリとする映画館「Stranger」の基本構想が確立した。

こけら落としには、18歳の時に観た『気狂いピエロ』に衝撃を受けた岡村さんが「自分の映画館で最初にかけるならこの監督!」と決めていたジャン=リュック・ゴダール監督の6作品。しかも代表作ではなく、ゴダールが13年ぶりに商業映画に復帰した『勝手に逃げろ/人生』を始めとする1980から90年代に発表された権利が切れている作品を直接買い付けてまで選んだところに岡村さんの本気度が垣間見える。その後も1983年に製作された伝説のロック・ムービーと言われる『ゲット・クレイジー』を日本初公開したり、東映の時代劇から実録ものまでゴッタ煮感覚で集めた『東映スペシャルセレクション』をスタッフ総出で取り掛かるなど、意欲的な企画を立て続けに繰り出した。中でもファンから高い評価を得たのがドン・シーゲル監督特集だった。権利が切れている作品を直接買い付けた貴重な特集上映には多くのファンが詰めかけた。勿論、上映終了後にはカフェで映画好きのスタッフと観客が、時間を気にせず映画談義に花を咲かせたのは言うまでも無い。

そして、もうひとつ「Stranger」を語る上で欠かせないのは、独自に発行されている冊子「ストレンジャーマガジン」だ。創刊から現在まで不定期ながら5号まで発行されているのだが、いずれも60ページ以上のボリュームで、寄稿されている映画評論家や研究家の贅沢な顔ぶれに驚かされた。とても単独の映画館が作ったとは思えない内容で、むしろ研究書と言っても良いくらいだ。創刊号の編集後記で岡村さんは「映画というのはたった一人の妄想を大勢がよってたかって実現させる狂気じみた行為」という言葉を引用して、「Stranger」を設立するまでのプロセスは「映画」に似ていると述べていた。確かに…映画館を作ろう!という人間の周りに多くの関係者や支援者が集まり、街に映画館を作ってしまう行為は、側から見れば尋常ではなく、まさに「映画」そのもの言えるかも知れない。もしかすると観客は、スクリーンの向こうに「映画館」という「映画」を観ているのではないだろうか。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年7月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

行ってみたい

100%
  • 行きたい! (3)
  • 検討する (0)

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

ページトップへ戻る