岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

日本最北の街にある映画館は冬でもホットな場所だ。

2024年07月03日

T・ジョイ稚内(北海道)

【住所】北海道稚内市中央3丁目6番1号 
【電話】0162-29-1081
【座席】3スクリーン・247席

夜行バスで札幌から朝早く稚内駅に着いたので港町をぶらぶら歩いた。最北の港町は4月でも容赦なく凍てつく風が頬を突き刺す。駅から15分ほど歩くとフェリーターミナルに着く。こんな早朝なのに結構ロビーにはキャリーケースを持った女性グループがフェリーの出航を待っていた。皆、朝イチの夜行バスで札幌から乗って来て、これから利尻島や礼文島に渡るのだろう。道路を挟んだ向かいにはサハリンに就航する国外フェリー乗り場がある。この港の向こうはロシアなのか…と思うと何となく背筋がピンと張ってしまう。もう少し街を歩いてみると市場に沿って伸びる商店街があった。各店舗のファサードに書かれた店名が全てロシア語で表示されている事からこの街はロシアとの親交が深かった事が伺える。以前は漁港に水揚げされたロシアの漁船に乗ってきたロシア人が商店街で買い物したり飲み食いしていたらしい。数年前からロシアから入ってくる船は少しずつ減ってしまい、街には以前のような活気は少なくなったそうだ。

JR宗谷本線の稚内駅は正に最北端の駅で、九州の最南端にあるJR指宿枕崎線の西大山駅とは「北と南の始発・終着駅」として友好都市締結をされている。ロータリー側の壁面は全面ガラス張りとなっており、駅の待合室は冬でも自然光だけで充分暖かい。待合室からガラス越しに、行き止まりの線路とホームを見ることが出来るのも珍しい作りだ。線路は駅ビルの前にある広場まで続いていて、稚内駅が出来た1922(大正11)年当時は、広場より150メートルほど海側(稚内港北防波堤ドームがある場所)にあった。更には沖に停泊しているサハリン(樺太)へ行く連絡船にそこから小型の蒸気船で運ばれていたという。現在の場所には1938(昭和13)年に移転した。

まだ時間があったので駅ビル「キタカラ」にあるカフェでコーヒーを飲む。店内にはスタッフと地元の常連さんが世間話をしている。最近は何もすることがないから上で映画でも観たいな…と言うのが聞こえた。上の映画館というのは日本最北にある映画館「T・ジョイ稚内」のことだ。映画館の前には朝8時半の回の『ドラえもん』を観に来た子供たちが、まだ開場まで30分以上あるにも関わらずワイワイ楽しそうに待っていた。旭川より北には映画館が「T・ジョイ稚内」しか無いため、子供たちにとって楽しみを共有出来る場所なのだ。だから休みのシーズンに入ると、子供たちが待ち遠しく思っている熱量が現場のスタッフに伝わってくるそうだ。

2010年6月12日に「T・ジョイ稚内」が出来るまでは、映画を観るとなると4~5時間以上掛けて、札幌や旭川といった大きな街に行くしかなかった。こうなったら一泊の旅行だ。そこで地元を基盤とする映画館を建てて、いつでも子供たちに映画を観せてあげたいという思いで動いた人物がいた。それが現在、映画館を運営する最北シネマ株式会社の代表である藤田幸洋氏だった。「地元で子供たちに映画を観せてあげたい。そして映画を観た子供たちの笑顔が見たい。出来るならば映画を観て監督や俳優を目指すキッカケになれば…」という一心で映画館を設立した。だから場内も子供が楽しめる事を最優先に設計されている。珍しいのは全スクリーンの最後尾にあるペアシートの形状だ。通常のペアシートよりも幅が広く取られており、真ん中の肘掛けを倒すと子供が座れるスペースが出来て、ペアシートから家族シートになるのだ。

23年ぶりに映画館が街に復活した時は、子供たちも昔この街で映画を観たお年寄りにとっても驚きと感動を持って迎えられた。全国的も遜色のない最新の設備を導入して、フィルムとデジタルどちらにも対応できる映写システムと音響設備を完備。勿論、初めて映画館で映画を観るという子供たちが殆どだったため予想外の反応があった。今まで映画は家のリビングにあるテレビ見る経験しかなかった子供たちは大きなスクリーンと大きな音響にビックリしたのだ。中には場内が暗くて怖いというお子さんもいた。大人のお客さんにとっても23年ぶりの映画館で体験する音響には皆さん驚かれて、初の3D体験となった『アバター』を観て酔ってしまった方もいたそうだ。そして誰もが映画を終えて「やっぱり映画館で観る映画はすごい」と口々に感動されていたという。

また「T・ジョイ稚内」では毎年6月の夏至が近づく土日に「わっかない白夜映画祭」という何ともロマンチックなネーミングの映画祭を開催されている。今年で10回目を迎える映画祭は駅前広場に屋台やビアガーデンが出て、日本いち陽が長い日を楽しんでいる。通常興行では上映されないミニシアター系の作品を8本、昼夜問わず丸二日間ぶっ通しで上映されて多くの人たちが訪れる街の名物となった。全作を制覇しよういう強者もいたり…映画を観る側も提供する側も映画愛をヒシヒシと感じる。最北の映画館「T・ジョイ稚内」は外の寒さを忘れさせる非常にホットな映画館だ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2024年4月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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