岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

かつての映画街の熱気を再び…商店街が立ち上がった。

2022年04月27日

天文館シネマパラダイス(鹿児島県)

【住所】鹿児島県鹿児島市東千石町19-1 LAZO表参道3F
【電話】099-216-8833
【座席】7スクリーン 863席

鹿児島中央駅の平日の早朝は活気に満ちている。ここを拠点とする路線バスと市電に乗り込む多くの通勤通学者が忙しなく行き交う。さすが南九州最大の中核都市だ。そこから市電に乗って10分ほど…さらに活気溢れる中心街・天文館に向かう。この界隈は市電通り(おづろ通り)を挟んで、北と南に分かれており、二つの顔を合わせ持つ希有な地域だ。南は多くのバーやスナックなど飲食店が軒を連ねる歓楽街として戦後から栄えて来た夜の街で、北は昼の街として百貨店や個人商店が立ち並ぶ繁華街となっている。天文館という名前は江戸時代に第8代薩摩藩主の島津重豪が天文観測や暦を作成する施設として建てた明時館の別名に由来する。近隣には多数の偉人を輩出している土地だけに、街のアチコチに幕末の偉人たちの銅像が設置されているので歴史好きにはたまらない。

まだ店も開け切らない早朝の天文館北側のアーケード街を歩く。鹿児島にとって屋根付きのアーケードは大きな意味を持っており、雨風を凌ぐだけではなく、風向きによって桜島から降り注ぐ火山灰避けの役割を担っているそうだ。縦横幾重にも貫かれる大小の通りには、昔ながらの名店と新しく出来た小洒落たお店が共存し、個性的な街の風景を作り上げている。鹿児島と言えば黒豚が有名だが、確かにとんかつ屋が多い。ランチを避けて午前中に行列が出来る有名店に入って、ロースかつを注文する。上質の肉を使っているので、まろやかでしつこくない脂身の甘みでご飯が進む。天文館を少しはずれると島津斉彬を祀る照国神社や県立資料館、中央公園など天文館の喧噪とはかけ離れた閑静なエリアが広がる。

その照国神社の参道沿いに、全国初となる地元商店街が立ち上げたシネマコンプレックス「天文館シネマパラダイス」がある。オープンは2012年5月。県下最大の映画街だった天文館から最後の映画館が姿を消して6年後のことだ。最盛期の昭和30年代には20館近くの映画館や大衆演舞場が集中して、絶大なブランド力を持ち続けていた天文館だが、新幹線の開業計画が打ち出されてから駅前の再開発が始まり人の流れも大きく変わってしまった。そんな中、映画館を復活させて街に活気を取り戻そう!と、商店街が一丸となって活動を始めたのだが…そもそも、地元商店街が作る映画館というと、小ぢんまりとした映画館を想像しがちだが、シネコンを作ってしまったというスケールの大きさに、正直、耳を疑った。その上商店街の人々は興行に関しては素人集団。映画関係のツテも無い中で計画だけがドンドン進んでいったという。その間に業界も映写システムもフィルムからデジタルへと変革が訪れるなど波瀾万丈の中でオープンを迎える。

最初は作品が揃わず苦労したものの、根気強く大人向けの良質な作品を上映し続けて、今では「天パラ」と親しみを込めて呼ばれるまでになった。映画館のある「LAZO表参道ビル」の3階に上がると、広いロビーに敷かれた薩摩切子の柄を模したカーペットが目に飛び込んで来る。壁面はシックなブラウンで統一され、まさに大人の映画館といった雰囲気が漂う。番組編成はメジャー系に加え「TOHOシネマズシャンテ」を始めとする首都圏のアート・単館系作品も上映している。数ヶ月遅れとなる地方の単館系作品の特性を逆手にとって、選考する東京や大阪で評判になると、お客さんからすぐ問い合わせが来るという。本当の映画好きが楽しめる映画館であり続けるためにも大人がいつでも楽しめる質の高い作品を選んでいる。また若者の映画離れが取り沙汰されている近年、『午前十時の映画祭』で上映されるようなクラシック作品にも興味を持って観に来る学生も増えてきた。

街を活性化させるには映画館だけが頑張るのではなく、大事なのは映画を観終わった後。映画はあくまでも街に来させる起爆剤で、そこから街を回遊させるために何をすべきか…を考える事が今後の街の課題という。現在、商店街の約100店舗と協力して、映画の半券を提示すれば協賛店舗で様々なサービスを受けられる「半券バリュー」という仕組みを推進している。鹿児島は天文館が街のバロメーターで、駅前の再開発が成功しても既存の商店街が元気でなければ意味が無いのだ。映画館によって誘客の準備は整った。天文館が次に必要な事は再客のための知恵を絞る事かも知れない。最後に…天文館の名物と言えば、かき氷の「白熊」だが、取材した日があまりに寒くて諦めてしまったのが心残りだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2017年1月

「天文館シネマパラダイス」のホームページはこちら
http://tenpara.com/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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