岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ゆっくり過ごせるカフェがある木造建築の映画館。

2023年10月25日

シネマネコ(東京都)

【住所】東京都青梅市西分町3-123 青梅織物工業協同組合敷地内 
【電話】0428-28-0051
【座席】63席

都心から郊外電車で1時間ほどの場所にある青梅市は、丘陵地に挟まれ中心を多摩川が流れる自然と古い街並みがギュッと収まった箱庭のような街だ。江戸時代より織物産業が盛んで昭和初期の最盛期には国内で三本の指に入るほどだった。駅から歩いて10分程の場所には国の有形文化財に登録された青梅織物工業協同組合の建物群が現在も当時の姿を残している。かつて織物産業が栄えていた頃には市内にも3つの映画館があり、通りはいつも多くの人で賑わっていたそうだ。平成に入る前に最後の映画観が閉館してしまうと、50年以上も映画館が無い街だった。そんな青梅に染織試験場だった建物をリノベーションして2021年6月4日にミニシアター「シネマネコ」が誕生した。

立川駅から青梅線に乗り換えてしばらく走ると車窓から見える景色が変わってくる。ビル群が少なくなり線路沿いに住宅が建ち並び地元で暮らす人たちの生活を身近に感じる。最寄り駅である東青梅駅で降りると駅前のロータリーに映画館までの案内板が立っており、それに倣って西に向かって歩く。途中、広い敷地の都立高校横にある路地に入る。柵の向こうに見える校舎の裏手には木造の古い建物があって、かなり歴史がある学校である事が伺える。路地を抜けると緩やかなカーブの道に出た。駅から程よい距離感と昔の街並みが残る通りは、初めてきた場所なのにどこか懐かしさを覚える。そこから間も無く「シネマネコ」が見えてくる。ちなみに、館名にネコが入っているのは、織物産業が盛んだった頃は養蚕も行われており、蚕をネズミから守るために猫が重宝されていたから。青梅は猫の街でもあったのだ。

入口の扉を開けるとふわっと木の香りが漂ってくる。長い年月を経てきた歴史の香りだ。目の前にチケット窓口を兼ねた受付がある。オンラインでもチケットは購入出来るが、年配のお客様が多いコチラでは対面での販売が喜ばれているらしい。戦前の木造建築であるため平屋だが天井が高く、見上げると剥き出しの梁が創業当時のまま残っている。奥にあるカフェはテーブル席とカウンター席が設置されており、大きな窓の外から射し込む木漏れ陽がゆらゆらと天板に映る。その光の動きを眺めているだけで待ち時間があっという間に過ぎてしまう。春には満開の桜や木蓮の花、初夏には紫陽花を見ることが出来るそうだ。提供されるメニューは軽食からスイーツまで充実しており、中でも地元のパン屋さんと提携した猫形のフレンチトーストは絶品だ。是非ともアイスをトッピングするのを試していただきたい。カフェだけを利用される方も多く、週末は満席になる事もあるという。

代表の菊池康弘さんは、市内に3店舗を展開する居酒屋のオーナーで映画館の経営は初めてだった。映画館をやろうと思ったのは、お店の常連さんたちが昔の話をされるたびに「昔は青梅にも映画館があってこの辺りじゃ一番の映画の街だった。青梅でまた映画を観たいなぁ」という会話だった。娯楽が少ない街に皆が楽しみに集まれる場所を作りたい…という思いから「それじゃぁ、僕が映画館を作りますよ」と発したひと言が始まりだった。現在の建物が映画館にリノベーション出来る条件を満たし、申請していた補助金の審査も順調に進んだ。ところが…いよいよ着工という矢先、コロナによる緊急事態宣言が東京で発動された。このまま進んで良いものか迷ったが、先行き不透明な状況の中で延期をしたとしても同じチャンスは二度と巡ってこないかも知れないと菊池さんは計画の続行を決定する。そんな状況を払拭するかのように、1年後の初日にはコロナ禍にも関わらず、楽しみにされていた多くの人が来場された。お客様は地元に住む年配の方がメインでリピーターも多い。現在は会員も1300人を超えており、遠くから電車を乗り継いで来られる常連さんもいる。夏休みや春休みには子供を連れた家族の姿も増えてきた。このように時間を掛けてでも映画館に来る理由は、映画を観るだけではなく、この場所に漂う独自の空気感や雰囲気を求めているからだ。

上映作品は基本的に菊池さんが選定しているが、ロビーに設置しているリクエストボックスに寄せられた要望を可能な限り実現するようにしている。そういった意味では劇場のカラーというものは無いかも知れない。ここに来る人たちが求めているものを取り入れた結果、アニメから重厚な人間ドラマまで幅広く上映されている。だからミニシアターというよりも、昔どこの街にもあった二番館・三番館のような子供からお年寄りまで誰もが楽しめる街の映画館…といった方が良いかも知れない。「シネマネコ」には映画を観終わっても現実の世界に戻るまでの時間を愉しめる空間がある。常連さん同士で談笑したり、カフェでお茶をしながらパンフレットを眺めたりする。そして駅までの帰り道を鼻歌まじりにブラブラと歩きながら今観た映画を反芻する…なんて贅沢な時間を過ごすことが出来るのだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年8月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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