岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

叶わぬ恋を描く恋愛映画の名手・今泉力哉

2019年06月07日

『愛がなんだ』と今泉力哉監督の恋愛映画

©2019「愛がなんだ」製作委員会

【出演】岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、穂志もえか、中島歩、片岡礼子、筒井真理子、江口のりこ
【監督・脚本】今泉力哉

©2017映画「パンとバスと2度目のハツコイ」製作委員会

今泉監督の恋愛映画は視線のドラマでもある

 今泉力哉監督の『愛がなんだ』は、一方通行の恋愛の切なさをリアルに描いた傑作。やはり、恋愛映画は切なさがなければ味気ない。簡単に成就する恋愛ではドラマは生まれない。相思相愛なら障害が必要になる。今泉監督が繰り返し描く恋愛は、叶わぬ恋の最たるもの、片思いだ。

 今泉監督は、「たとえお互いが愛しあっていたとしても、その熱量は等しくはならない」と言う。その持論が、作品に反映されている。彼の作品では、登場人物の恋のベクトルが交わることは少ない。Aが恋するBはCに恋していて、そのCも別の誰かに恋しているというように。しかし、それが単なる恋愛ゲームにならないのは、登場人物の日常やルーティンがしっかり描かれているからだ。

『知らない、ふたり』(2016年)の主人公レンは、毎朝おにぎりを握り、それをお昼休みに職場を出て公園でひとりで食う。『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)のヒロインふみは、仕事帰りにいつもバス会社に寄り、パンを食べながら洗車機にかけるバスを眺めている。その描写が彼らのパーソナリティーを観客に印象付けると共に、彼らに新たな出会いをもたらす場となる。レンは靴職人であり、ふみはパン屋で働く。その仕事ぶりもきっちりと描かれる。彼らの日常生活が克明に描かれているから、地に足の着いたリアルな恋愛映画になっている。

 今泉作品では、登場人物の恋愛観を反映させた秀逸なダイアローグが自然な会話に溶け込んでいる。それはまさに監督の経験からくる恋愛観であるのだが、それらの決め台詞が決して浮く事のない緻密な配慮がなされているのが素晴らしい。また、彼の恋愛映画は視線のドラマでもある。登場人物の本当の想いは、言葉よりその眼差しが語っている。登場人物の表情の変化や仕草を捉えた繊細なカメラワークと巧みな編集が、言葉以上に彼らの気持ちの揺れを的確に描いている。

 角田光代の原作を映画化した『愛がなんだ』のヒロイン(テルコ)は、大好きなマモルと過ごす時間のためなら仕事も辞めてしまうほどの恋愛第一主義者。これまでのオリジナル脚本による作品の登場人物以上に恋の病に冒されている重症患者。彼女の親友(葉子)に一途な献身的愛を捧げるナカハラは、テルコの合わせ鏡的存在。テルコとナカハラは自分たちを自虐的にストーカー同盟と呼ぶ。マモルが片思いするすみれを含む主要登場人物が織りなす恋愛模様は、どの作品より切なく、純度が高い。ラスト、マモルを好きすぎるテルコは、とうとうマモルがなりたいと言っていた職業に就いてしまう。あたかも、彼女自身がマモルと同化したかの如く。

語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

©2017映画「パンとバスと2度目のハツコイ」製作委員会

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語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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