岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

下関の漁港口にあった戦後から続く郵便局を映画館に。

2024年06月12日

シネマポスト(山口県)

【住所】山口県下関市大和町1丁目13-7 海町ビル1階
【電話】083-242-1868
【座席】22席

日本海側を走る山陰本線と瀬戸内側を走る山陽本線の本州の終着駅である下関は二つの長大な路線を完結する交通の要衝である。九州と山口を結ぶ玄関口である関門トンネルが昭和17年に開通したことから物流が集中して関西や関東に向けて流れる鉄道の起点となった。また鹿児島線の山口県側の終着駅でもあり門司港から関門トンネルを抜けると広大な列車の車庫が車窓から見えて鉄道オタクでなくとも感動する。戦時中は空襲の被害を受けていなかったため下関は戦後の早い時期から復興に向けて漁業が栄え、今や山口県下最大の人口を誇る港湾都市となった。

下関で思い出されるのが佐々部清監督の『チルソクの夏』だ。下関の高校で陸上部に所属する女子高生が釜山の高校との親善大会で知り合った韓国の男子校生と仄かな恋に落ちる青春映画だ。隔年ごとに開催場所を交換して行われる大会は現在も続いており、そのフェリーが出ているのが下関にあるフェリーターミナルだ。水谷妃里演じる主人公の父親は流しをして生計を立てている。父親を演じる山本譲二が実に素晴らしい演技を見せる。夜の酒場(山口県最大の繁華街・豊前田でロケが行われた)をギター片手に歩くシルエットが絵になっていた。戦後は漁業も好景気に沸いたため街の盛場もしばらくはその恩恵を受けたのだが、カラオケの台頭と新幹線の新下関駅の開業で稼ぎが少なくなり、父親はその憤りの矛先を韓国人に対して向ける。だから娘が韓国の青年と付き合うことを真っ向から反対する。それは韓国側も同じで二人の恋は儚く散ってしまう。そういう時代もあったのだ。

下関市の漁港口に郵便局をリノベーションしたミニシアター「シネマポスト」がある。全国屈指の水揚げ量を誇っていた下関漁港の前に見えるのは入江のようだがれっきとした海峡で小門(こおど)海峡という。だから対岸にあるのは彦島という島なのだ。昭和24年に漁港からの要請で開設された「下関大和町郵便局」が「シネマポスト」の前身である。館名が示す通りエントランスをくぐると映画館のロビーというよりも正に郵便局の受付窓口と待合室そのもの。ロビーと場内を隔てる壁は存在せず、あるのは郵便局時代のカウンターのみ。カウンターの上には郵便局のマスコットが置いているのがイイ。上映が始まると結いている暗幕を広げて仕切りの役目を果たす。いちいち上映のたびに暗幕を広げるなんて面倒では…と思うのは野暮だ。このひと手間があるおかげで、映画という異世界へ誘ってもらえる心構えが観客にも生まれるのだ。

リノベーションする際に考えたのは完全に郵便局時代のイメージを無くしてしまうのではなく、建物の歴史を出来るだけ活かした内装にするという事だった。この郵便局を立ち上げたのは「シネマポスト」の支配人・鴻池和彦さんの祖父だ。三代に亘り郵便局を守り続け、和彦さん自身も11年間局長を務めた。いまだに地元の方たちの中には顔を見ると局長と声を掛けてくれる方もいるそうだ。このように郵便局の雰囲気を強く打ち出した結果、それが「シネマポスト」のブランディングとなった。女性のお客さんが何度でも来たくなる居心地の良い映画館を目指して、女性の建築デザイナーにデザインコーディネートを依頼。場内はフラットなフロアに段差を付けて、真っ白な壁一面がスクリーンの役割を果たし、照明を抑えた仄暗い空間に様々なタイプのソファや椅子を配置している。

鴻池さんは毎回上映が終ると観客に向けて映画の後説を行なっている。どうして自分がこの映画を選んだのか?観客が今観たばかりの映画に対しする知識を深めてもらえるようチラシに書かれている解説ではなく丁寧に製作者の思いを代弁する。それは制作会社と広告代理業を兼ねた株式会社cinepos(シネポス)を運営して自らも映像製作に携わってきた鴻池さんが作り手の視点で上映作品を選んでいるからだ。作品選定のポイントは、観終わった時に誰かとその映画について話した口なるような…いわゆる物語に行間がある作品だという。「シネマポスト」のラインナップを地域の人たちに一本一本を大切にしてもらうために後説にかける時間はなくてはならないのだ。鴻池さんの言葉ひとつひとつをうなずきながら熱心に聴いているお客さんの姿が印象的だ。「私がひと言この作品を選んだ思いを述べる事で、ちょっとした疑問や隙間を多少でも埋める事が出来れば…と思っているんです」


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2024年2月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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