岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

遊園地が併設するショッピングセンターの映画館。

2023年11月27日

イオンスペースシネマ野田(千葉県)

【住所】千葉県野田市中根36-1 イオンNOA店3F 
【電話】04-7125-8480
【座席】2スクリーン・343席

千葉県北西部に位置する野田市は、地図で見ると左上に細長く突き出して東西を埼玉県と茨城県に挟まれている。江戸時代から醤油の町として栄えており、以前は駅の近くを車で通っただけで車内に醤油の香りが漂ってきた。野田は先日公開された森達也監督初の劇映画『福田村事件』の舞台でもある。関東大震災直後の混乱に陥った状況下で飛び交った流言飛語の犠牲となった人たちの群像劇で、現在も利根川の近くに事件の追悼慰霊碑が建っている。劇中、香川から茨城へ薬の行商に向かう途中、野田に立ち寄った薬売りの一行が「醤油の匂いじゃ!」と言いながら物珍しそうに町を見回す場面が印象的だった。かくゆう私も初めて野田を訪れた時は全く同じ反応をした経験がある。現在も駅前からキッコーマンの醸造タンクが見えるが、技術が進歩したからか、以前のように醤油の香りはしていないのが少し寂しい。

野田市駅から15分ほど歩いた場所に、広大な敷地のショッピングセンター「イオンノア店」がある。オープンした1989年は国内でテーマパークやショッピングモールが次々と建設されていた時代だ。日光街道を挟んで入園無料の遊園地「もりのゆうえんち」が併設されており、今でも休日になると近県からも多くの親子連れが訪れるファミリースポットだ。オープン当時は遊園地内にドライブインシアター(入口の看板には「お車の映画館」と表記されている)があって、アメリカの青春映画に出てくるような車の中から映画が観れる物珍しさも手伝って周辺の道路は大渋滞を起こしていた。

そんな「イオンノア店」に長年地元の人たちに親しまれてきた映画館「イオンスペースシネマ野田」がある。駐車場の奥に見える「THE SPACE」と掲げたガラスの壁面が印象的な円柱の建物だ。当時はまだシネコンが日本に上陸する前で、ショッピングセンター内に映画館があるのが珍しかった。駐車場に車を停めて映画と買い物を楽しめる利便性から多くの人が訪れていた。上映作品はハリウッドの話題作や子供向けアニメが中心で、若者から家族連れまで幅広い世代に人気があった。現在はロードショー公開よりも少し遅れてのムーヴオーバー作品がメインだが、昔から通われている地元の人たちは「少し遅くなってもイイからここで観たい」と言ってくれている。普段は年配の常連さんや女性グループが多いが、お盆や年末の帰省シーズンにはお孫さんを連れたお年寄りが増える。その時期ばかりは一日中ロビーに子供達の歓声が響き渡るそうだ。

ロードショーから遅れての上映が、思いもかけず吉と出るケースも多い。『おくりびと』の初日がアカデミー賞を受賞した翌日となったため、多くの人が押し寄せて長い列が出来た。既に他の映画館では上映が終わっていたので観逃した人たちが集中したのだ。大野智主演の時代劇『忍びの国』では、公開からずっと上映館を追いかけて来たファンの女の子たちが新潟や青森からも来場されて、映画が終わるとスタンディング・オベーションが起きた事もあったそうだ。このようにロードショー公開を観逃してしまった人や何度も観たいというリピーターが「大きいスクリーンと迫力ある音響で観たい」と駆け込む最後の砦なのだ。交通費を掛けてでも遠方から来る人が多いのは、ムーヴオーバー館ならではの「あるある現象」かも知れない。

昔ながらの映画館の設計だから、場内は天井が高くスクリーンが大きいため迫力ある映像を堪能出来ると評判だ。快適な環境づくりにスタッフの皆さんは手を掛けており、入替時の念入りな場内清掃は勿論、室温設定のたびに場内と調整室を何度も行き来して実際に確認するなど実に細やかだ。お客さんから「綺麗な映画館」と高く評価をされているのも納得できる。また年配の方に喜ばれているのが、チケットが全席自由で対面販売されている事。自動券売機を操作する事に抵抗がある方々に重宝がられている。逆に初めて訪れた若者から「チケットはどこで買えるのか?」と聞かれたり、指定席ではなく入場順で好きな席に座れるシステムに驚かれるそうだ。折込ちらしには映画のタイムテーブルが記載されており、これもショッピングモールにある地元の映画館ならでは。まだコロナ前の動員には戻っていないが、劇場の取り組みが少しずつ浸透して客足も戻りつつあるという。

取材を終えて外に出ると降っていた雨も上がっていたので、地下の遊歩道を通って「もりのゆうえんち」に寄ってみた。雨に濡れた遊歩道の石段に落ちている枯葉がフランスの犯罪映画に出てきそうな寂れた感じでイイ雰囲気を出している。園内はこぢんまりとしながらもメリーゴーランドやミニコースター等の乗り物が充実していてカップルでも結構楽しめる。駅のホームからも見える大きな観覧車は街のシンボルで、高い建物が無い住宅地の真ん中に立っているため頂上から望む街の眺望は一見の価値がある(これで600円は安い!)。近所の公園に行く感覚で、映画と遊園地で楽しんだ後は買い物をして帰る…こんな施設が身近にあるなんて羨ましい。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年9月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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