岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

元禄7年に創業された酒蔵が映画館として甦る

2020年09月16日

深谷シネマ(埼玉県)

【住所】埼玉県深谷市深谷町9-12
【電話】048-551-4592
【座席】57席

 埼玉県北部に位置する利根川と荒川に挟まれた人口15万人の街・深谷市。江戸時代には中山道の宿場町として栄え、深谷ねぎを名産とする県下有数の農業地帯としても知られている。駅から10分程歩いた中山道沿いに、かつて元禄7年に創業された酒蔵・七ツ梅酒造があった。剣菱、男山と並ぶ銘酒・七ツ梅を造っていた蔵元だったが、平成16年に廃業して300年の歴史に幕を閉じる。約950坪の敷地に遺る母屋、酒蔵、煉瓦煙突など歴史的・文化的に重要な建築物を何とか映画館に改装して保存できないものかと、今から10年前に運営管理を任されたのが、市内で「深谷シネマ チネ・フェリーチェ」というミニシアターを経営していた竹石研二さんである。

 敷地の一番奥にある西酒蔵が、広さや天井の高さが映画館に適していた事と、経済産業省が空き店舗活用の補助金を一部負担する政策を打ち出していた事から、竹石さんは映画館の改装に向けて動き出した。ところが、西酒蔵は屋根が落ちていて正に崩壊寸前の状態。屋根を崩して壁を落とし、ジャッキアップして基礎を鉄筋で打ち直して耐震補強を行うと、想定していた予算を大幅にオーバーしてしまった。それでも市民から1千万円近くの寄付が集まり着工の目処がつくと、酒蔵の面影を大切に歴史を感じられるよう、ロビーや映写室の柱と梁を創業当時のまま残した酒蔵の映画館「深谷シネマ」が、2010年4月16日にオープンした。名誉館長には、故・大林宣彦監督が名を連ね、毎年開催される昔の名作上映とトークイベントには多くのファンが訪れている。

 60席の緩やかな段差が付いている場内の最後列には子供連れでも映画を楽しんでもらいたいからと、親子ルームという小さな個室を設けている。映写機はシネカノン直営の映画館で使っていたモノを譲り受けて、フィルムとデジタル上映が可能だ。かつては馬小屋だった隣接する建物はトイレとして生まれ変わった。懐かしい映画の手描き看板がオブジェとして置かれているロビーは、テーブルとカウンターが設置されたカフェとなっており、自由に閲覧できる映画書籍を眺めながら待ち時間をゆっくりと過ごせるのが嬉しい。上映作品は、スタッフが選んだ候補作品から、観たい映画をお客様が選ぶアンケートを基に毎月の理事会で決めている。15周年では『HOUSE ハウス』の35ミリと、国内で唯一、大林監督の倉庫に眠っていた『廃市』の16ミリがニュープリント版で上映されるなど、マニアも唸らせる貴重な作品をココでは観る事ができる。

 オープン当時は敷地内に「深谷シネマ」だけしかなかったため、夜になると真っ暗となり女性のお客様が一人で歩くには怖い…と言われていたが、竹石さんの呼びかけによって、年を追うごとに「私もやりたい!」という人が増え続け、今ではカフェや居酒屋、古本屋、工房など10店舗が加わり、新しい形の街が形成された。やがて映画を観るならばココで…という常連さんも増えてきて「映画館に来るのが生活の一部になったよ」と、ありがたい言葉をいただくまでになった。思えば、30年間映画が無かった街である。それが映画館で映画を観る習慣を定着させてしまったのは素晴らしい事だ。「継続してきたのが良かった。大林監督は、映画館は街の必需品と言ってましたが、深谷市の人たちがそこに気づいてくれた事が重要なんです」と竹石さんは振り返る。

 かねてより大林監督が唱え続けた「街は作るのではなく、今あるものを雑巾がけしてでも守るもの。だから街遺しというのが基本なのだ」という言葉をコンセプトとした一般社団法人まち遺し深谷を立ち上げ、現在まで様々なプロジェクトを立ち上げてきた。そこでは竹石さん自らの体験を活かして、日本各地で空洞化が問題となっている街なかに、ふらっと気軽に立ち寄れる映画館を立ち上げてもらいたいと「映画塾」と銘打った映画関係者を講師に招いたレクチャーを開催している。企業が資金を出すのではなく、そこに住んでいる地元の人たちの手で映画館を作る。自分の街に映画館を復活させるのも決して夢物語ではない…そう考えるだけで胸が高鳴るではないか。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2015年7月

深谷シネマのホームページはこちら
http://fukayacinema.jp/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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