岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

16mmフィルムに収められた名作を現代に甦らせる。

2023年06月21日

PLANET + 1(大阪府)

【住所】大阪府大阪市北区中崎2-3-12 パイロットビル2F
【座席】30席

私が中学生の頃、映画雑誌の「スクリーン」や「ロードショー」に、8mmと16mmフィルムに焼き直された名作映画の広告が掲載されていた。まだレンタルビデオが日本に登場する前の時代だ。8mmは個人向けで20〜90分程度に編集されて価格は5,000〜15,000円程度。当時としては高価だったが、字幕付でオリジナル言語というのが魅力だった。我が家にあった映写機は、磁気式(音が出ない)だったが、カセットテープが付いているので、映写のタイミングを合わせてレコーダーの再生ボタンを押せば、自宅で映画館の雰囲気を充分に堪能出来た。それで、お年玉を貯めて購入した『ナバロンの要塞』を何度も観た。一方、16mmは業務用として映写技師の免許が必要なので、個人が簡単に手に入れられるものではなく、文化祭や学校の観賞会などのイベントに利用されていた。

アメリカは日本よりも16mm文化が発達しており、研究を目的として映画創世記からの膨大なアーカイブが、各地の学校や図書館に存在していた。ところが近年、ホークス、ルノワール、グリフィス…その名を聞くだけで胸が昂る監督の16mmが大量に放出されている。所蔵していたフィルムをデジタルに切り替える際に、処分を兼ねて格安で売りに出されているのだ。そんな貴重なフィルムを40年以上前から集めて上映してくれる何とも嬉しい施設が大阪にある。地下鉄谷町線の中崎町駅を降りてすぐのところに建つ古いビルの中にある「PLANET+1」だ。前身は1970年代初めより16mmの収集・上映を行っていた「プラネット映画資料図書館」で、同じビル内地下の空室(元はスナック)を改装して学生の頃から常連だった富岡邦彦さんを責任者として1995年にオープンした私設上映室だ。以前は少し梅田寄りの堂山町にあった。

表の小さな扉から狭い階段を上がると、懐かしい西部劇『リオロボ』のポスターが目に入る。チラシの束が無造作に置かれたロビーの雑多な雰囲気がファン心をくすぐる。セルフサービスのコーヒーもイイ味だ。ジョン・フォード監督の写真(渋い!)が貼ってある扉から場内に入る。小さなスクリーンに、複数のスピーカーと段差がついた客席というシンプルな構造の場内に胸が昂る。映写室にある手入れの行き届いた映写機にフィルムを掛ける様子が客席からでも見える。私たちは古いサイレント映画といえば、動きがカクカクしているものと思いがちだが、こちらの映写機はコマ変換を出来るように改造しているので、ちゃんと当時の映写速度でスムーズな流れで観る事が出来る。

現在のビルに移転して富岡さんが引き継いでからは、アメリカのコレクターや業者から現地の知人を通じて、全て自費で払い下げ版を購入されているというから頭が下がる。作品の中には、未DVD化作品や日本未公開作品も多く、中には大学のロゴがそのまま入っているのもある。勿論、全てアメリカから仕入れているので字幕は付いていない。それを冨岡さんが字幕を起こしてデジタルで投影されている。字幕制作に要する時間は1本あたり1週間から10日ほど。当時のシナリオが無いため、ひとつひとつ聴き取りながら起こしている。中には、フィルムが欠けて音が飛んでいたり…と苦労も多いそうだ。

こうして字幕制作を行っていると、当時のアメリカ映画の背景が浮かんでくるという。個人的な話になるが、私の大学時代に文化祭で『ビッグ・ウエンズデー』が16mmで上映された。公開時にはエンドロールに日本人歌手の主題歌を配給会社が勝手に入れて大不評だったが、16mmではオリジナルの主題歌だった事を思い出した。

「PLANET+1」では、他所では観られない作品を様々な切り口で特集を組んで上映してくれる。何せアーカイブには短編長編合わせて400本近くの作品があるのだから、そこからどのような組合せをされるか?に、富岡さんの手腕が発揮されている。古い作品も多いため、観客層はその時代を懐かしむ中高年の男性が中心で、評判を聞きつけて東京や広島からも訪れる。また、創立20周年の節目にスタートした映画の歴史を遡るシリーズ『映画の樹』は、1895年の初期映画から1920年代後半まで全22章で構成する現在も続くシリーズで、毎月開催される無声映画のピアノ演奏、バイオリン演奏、語り付き上映は人気の名物企画だ。近年は映画ファンや研究者だけではなく若い学生の姿も増えている。

更に3階にあるスペースは関西で映画監督や俳優を目指す人たちの育成を支援する「CO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)」の活動の場として提供されており、今まで横浜聡子監督や大江崇允監督など第一線で活躍する監督たちを排出してきた。プロジェクトがスタートしたのは、ちょうどミニシアターがプロジェクターを導入して、若手の監督たちが作品を撮りやすい環境が整い始めた時期だ。若いクリエイターたちが、デジタルや最新技術だけではなく、過去の名作に触れながら映画の基礎を学ぶ。コッポラやルーカスが、学生時代にUCLAでヨーロッパの無声映画を研究をしていたように、ここから新しい映画監督の芽が誕生するかも…と思うとワクワクする。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2018年1月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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