岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

下町の名画座で、あんぱん片手に映画観賞した日々

2021年09月22日

【思い出の映画館】浅草中映劇場/浅草名画座(東京都)

【住所】東京都台東区浅草2-9-12
【座席】浅草中映劇場 394席/浅草名画座 262席
※2012年10月21日をもちまして閉館いたしました

映画の最盛期を迎えていた昭和30年代の浅草には、戦前から「映画を観るなら浅草」と言われるほど「電気館」や「大勝館」などの日本を代表する映画館が30館近く軒を連ねていた。映画館だけではない、演劇、寄席、ストリップ、女剣劇等…ありとあらゆる文化がごった煮で集結していた。その様相は正直言って現在の渋谷なんか目じゃない、浅草は多様でディープな文化が生まれるサブカルの聖地だった。日本映画が斜陽を迎えた昭和50年代には殆どの映画館が成人映画を上映するようになり浅草六区の映画街からは、次第に一般客の足が遠のいていった。大学で上京した私は、興行の中心と言われていた浅草で映画を観ようと初めて訪れた時、抱いていたイメージと異なるその衰退ぶりに驚いた。平成に入ってからも浅草六区の映画館は次々と閉館。最後まで残ったのが、昭和25年創業の名画座「浅草中映劇場」と、昭和30年創業の「浅草名画座」だった。

毎朝、雨の日でもシャッターが開く前から地元の常連さんが数人列を作る。入口とロビーに貼ってある懐かしいポスターを眺めながら時間を潰す。やっぱり、人工着色の昔のポスターは芸術的だ。ここに貼ってあるポスターは公開当時からストックされているレアものばかりで、譲って欲しいと要望されるコレクターが後を絶たなかったという。シャッターが開くと同時に入場券を購入して次々と場内に吸い込まれて行く。「この界隈も映画館が少なくなってしまったから寂しいねぇ。応援してるからさ、頑張ってくれよな」と、あんぱんを購入する年輩のお客さんがスタッフに声をかける。ガラスのショーケースにびっしり詰め込まれたあんぱんが美味しくて、私も朝一番の回に訪れた時は必ず売店で牛乳とあんぱんを買って映画を観た。さほど珍しくもない下町のパン工場で作られたあんぱんも何故か映画館で食べると殊の外旨かった。

オープン当時から洋画専門館だった「浅草中映劇場」は、今もアクション、サスペンス、社会派ドラマを中心とした洋画専門の二本立てのムーヴオーバー館だ。場内は、今では珍しい2階席のある劇場でスタジアム形式となっているため前列の頭が邪魔になる事なく観賞ができる。1階の後列にはレディースシートやペアシートを設けているので、安心して女性が訪れやすい工夫もされていた。地下の「浅草名画座」は、東映と松竹の邦画三本立ての名画座で、ごった煮感覚のラインナップが魅力だった。このプログラムはどのように編成されているのかが意味不明で、『昭和残俠伝』と『幸福の黄色いハンカチ』と『鬼平犯科帳』を組み合わせる妙は、ミックスフルーツ感覚で、果たしてどんな味になるのか?も楽しみだった。ロビーに置かれていたチラシは全てスタッフの手作りで、紹介文はずいぶんと読み応えがあったので、休憩時間にペラペラめくって楽しく過ごした。思えば、昔の名画座はミニシアターみたいに意味付けして特集を組む…なんて事は殆ど無く、逆に全く異なるジャンルの映画を組み合わせるからこそ、飽きずに朝から晩まで長居が出来たのだろう。

年輩のお客さんに取って浅草はまだまだ興行街のイメージが強く残っており、お盆と正月は立ち見になるほど観客で溢れる。ロビーで次の上映を待っていると寅さんを観ている観客の笑い声が場内から聞こえてくる。シネコンでは味わえないこの雰囲気がイイなぁと思う。地元の人が8割で、いつも大体同じ顔ぶれであるため、その日の動員数は午前11時までの入りで大方決まるという。だから、顔見知りとなった常連さん同士、映画そっちのけでロビーで談笑されたり、売店のおばちゃんと世間話をしたりと、ロビーは社交場(というより常連の溜まり場)となっていた。また場外馬券売り場が向かいにあるため、土日は競馬の途中で競馬新聞片手に観に来る人も多かった。そこでスタッフは、ラジオで競馬の結果を書き取って、ロビーに貼り出すなどのサービスもしていた。それぞれプログラムの切り替えを毎週火曜日と水曜日にずらしており、これは殆どの常連さんが毎日来られているから。初日をずらす事で、まんべんなく観てもらえるという知恵からだった。途中外出は可能で受付や売店で申し出れば、一時外出証を渡してくれるので、朝の回を観てから昼食を取りに外出したり、馬券を買いに行ったりして、午後に二本目を観る事だって可能だった。そんな、浅草に最後まで残っていた映画館も平成24年10月に閉館。遂に浅草から映画の灯は消えてしまった。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2006年9月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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