岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

山陰の地方都市に復活した街の小さな映画館。

2024年06月05日

shimane cinema ONOZAWA(島根県)

【住所】島根県益田市あけぼの東町2-1 小野沢ビル3F 
【電話】0856-25-7577
【座席】201席

島根県は東西に長い。鳥取県側に位置する松江から山口県側の益田まで、山陰本線の特急に乗って2時間以上掛けて到着した。さすが全長673キロに及ぶ山陰本線は1区間だけで167キロもあるというのだから「偉大なるローカル線」と呼ばれるのも納得出来る。出雲駅を過ぎると山間から日本海沿岸を走るので進行方向右側の席で、ボーッと海見ながら過ごせるのが嬉しい。益田駅は小さな駅だが、実は山陰と山陽を結ぶ重要な交通の要衝であり、山陰線では東は京都・西は山口に通じ、山口線は中国山地を抜けて山陽方面まで伸びている。

益田市は日本海と1000m級の山々が連なる中国山地に囲まれ、東西を高津川と益田川が流れる自然豊かな風光明媚な街である。近隣の浜田市でロケ撮影された中学生の頃の夏帆が主演した山下敬弘監督作品『天然コケッコー』が記憶に残る。里山の風景が美しい集落にある小・中学校に通う子供たちの日常を優しく見守るような映画だった。合わせて生徒が7人しかいないため同じ校舎で勉強している中学生が小学生の面倒を見る。それを当たり前のように甲斐甲斐しく世話をしているのが微笑ましい。そこに東京から岡田将生演じる転校生がやってくる。女の子たちがちょっとだけ浮き足出す。中盤で海へ泳ぎに行く子供たちが山陰線の線路を渡る場面がある。ここで夏帆と岡田将生が急接近するのだが、線路内に立ち入る事が出来なくなった現在では不可能な名場面となった。

益田駅からも見える高い建物「小野沢ビル」の3階に、2022年1月26日にオープンした映画館「Shimane Cinema ONOZAWA」がある。正面入口がホテルのフロントとなっており、2階にボーリング場とゲームコーナー、3階に映画館(2館あった映画館のうち1館はボルダリング施設となっている)とカラオケBOXが入っているビルは1981年に完成。当時はホテルに娯楽施設と飲食店が併設されている総合レジャービルとして注目を集めた。やがて映画の斜陽化と共に観客は減少し続け、1997年に島根県初のデジタル音響設備を導入して「デジタルシアター益田中央1・2」と館名を改め再スタートを切るが2008年に閉館。しばらく益田市は映画館が消えた街となった。それから14年…街に再び映画の灯がともる事となる。

映画館の復活に尽力したのは東京で視覚障害者の人たちに映画を楽しんでもらえる音声ガイドの制作を行っていた和田浩章さんだ。「誰かにとっての希望の灯火を届けたい」という思いから奥様の実家がある益田市への移住を決意。上映設備や場内はそのまま手付かずで残っていた映画館の再建に向けて動き出した。ところが本格的に準備を始めると色々な問題が見えてきた。長い年月が経過した映画館は想定より経費が掛かることが判明したのだ。そこで費用の一部をクラウドファンディングで支援を求めると「未来を生きる若者に夢を与えたい、大人として挑戦し続ける背中を子供たちに見せたい」という和田さんの思いに賛同した人たちから、約3ヶ月で目標額の600万円を超える寄附が集まった。現在、ロビーにはイラストレーター清水美紅さんによる壁画の中に支援者の名前が描かれている。

こけら落としには、『鉄コン筋クリート』と『スクラップヘブン』など思い入れの深い作品を選んだ。「街に映画館が復活する!」というニュースは、オープン当時に県内外の様々なメディアで取り上げられた。映画館は開けた場所であるべき…というイメージを長年持っている和田さんは、映画館のロゴマークはサーカスのテントをモチーフとした。上映する作品もいい意味でお客さんの期待を裏切るようなメジャーな作品を掛けたかと思えば聞いたことも無いようなマイナーな作品を持って来たりして、常にお客さんにはワクワク感を提供したいという。営業は、水曜日から日曜日までの週5日、上映時間は夕方18時前後の回までとなっている。ほぼ毎日、受付から清掃・映写まで一人で業務をこなす傍ら、空き時間を利用してロビーの片隅ある畳2畳分程の狭いスペースで音声ガイド制作を行っている。年に一回のペースで仕事が入れば良いと思っていた音声ガイドの仕事も毎月コンスタントに依頼が入ってくるようになった。和田さんが目指す「障害を持つ人や様々な状況に置かれた誰もが安心して来られる映画館」という思いを作品の側面からも支えているのだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年11月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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