岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

映画作家が社会に向き合う時

2018年01月20日

『希望のかなた』『わたしは、ダニエル・ブレイク』『花筐 HANAGATAMI』

 普段は自分の得意とする映像表現で作品を発表している第一級の映画監督が、時に現実の社会と真正面から向き合った作品を作る時がある。

いや、作らねばならない時代の空気がある、と言う方が正しいのかもしれない。2017年はその意味で優れた映画が何本も公開された年となった。

■人生の哀歓を描くフィンランドの職人監督
 人生のペーソスを、素っ気ない空間とニコリともしない無表情でユーモアたっぷりに描き出すフィンランドの世界的監督アキ・カウリスマキ。最新作『希望のかなた』は、ズバリ、シリア難民をテーマにしている。前作『ル・アーブルの靴磨き』でも難民を扱っており、この時はフランスを舞台としていた。だが、今回は自国フィンランドが舞台。相変わらずの人間讃歌の中に、ヨーロッパが抱えるこの問題と危機感が浮き彫りになる。今、作らねばという危機感が。市井に生きる人々はやっぱり優しい。でもタイトル通り、かなたに希望はあるのだろうか。2017年キネマ旬報ベスト・テンの第7位に入った。

■弱者を優しい眼差しで見つめるイギリスの名匠
 『わたしは、ダニエル・ブレイク』。イギリスのベテラン監督ケン・ローチは、常に弱者に優しい眼差しを向けるバリバリの社会派監督だ。だから「普段は自分の得意とする映像表現で」の監督には当てはまらないが、引退を撤回してまで作らねばならなかった作品となると只事ではない。この作品を観ると、イギリス、引いては今の世界が抱えている問題が重く重く心に響く。いや、響き過ぎて胸がつぶれるようだ。誠実に働いて、誇りを持って生きてきた人間が救われない社会のシステムとは何なのだろう。ローチの凄いところは、そのテーマ性に前のめりにならず、見事な手腕でこれをクオリティの高い映画にした点にある。だからこそ、カンヌ映画祭での最高賞(パルムドール)受賞と2017年キネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得できた。私自身も昨年の圧倒的なベストワンに選ぶ。

■観客をワンダーランドへ誘う映像の魔術師
 そして、観る者を不思議の国、魔法の国へと案内する大林宣彦もそんな一人。長い間、ファンタジー色の強い作品で観客を魅了してきた映画作家だが、直近の三作は反戦の色を前面に押し出した社会性の濃いものにと変貌した。それは、紛うことなく危うい時代の空気を反映している。加えて、80歳になろうかという自身の残された時間。最新作『花筐/HANAGATAMI』(2017年キネマ旬報ベスト・テン第2位)には、更に重篤な病という待ったなしの要素が加わった。この人の凄いのは、反戦という大きなテーマ性を帯びながらも、決してオモチャ箱をひっくり返したような映像表現を失わないところにある。むしろ、集大成の位置付けからか、その万華鏡ぶりはますます高らかになっている。繰り返すが、テーマ性だけが前のめりになっては観る者の心は動かない。自己表現とテーマが一体となり、映画として昇華しているからこそ観る者の心を揺さぶる。

 これら映画作家が社会や時代と向き合って誠実に作る作品。それらと誠実に向き合う事もまた観客の責務だと私は信じる。

語り手:橘 真一

元映画ライター、前映画中心の古書店経営、現某映画の会代表。色々とユニークに映画と関わってきている映画好き。「考えるな、感じろ」は好きだが「感じろ、その上で考えろ」はもっと好き。

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語り手:橘 真一

元映画ライター、前映画中心の古書店経営、現某映画の会代表。色々とユニークに映画と関わってきている映画好き。「考えるな、感じろ」は好きだが「感じろ、その上で考えろ」はもっと好き。

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