岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ファッションビルの地下にあるミニシアターの映画街。

2024年01月10日

アップリンク吉祥寺(東京都)

【住所】東京都武蔵野市吉祥寺本町1-5-1 吉祥寺パルコ地下2F
【電話】0422-66-5042
【座席】5スクリーン・300席

コロナ禍では外出するのも気が引けて、遠出は出来ずに職場と生活圏を中心とした生活を送っていた。だから吉祥寺に来たのは久しぶりだった。近ごろ再開発という名の元にガラリと風景が変わってしまう駅前が多くなっているが、吉祥寺は段階的に整備されてきたからか、意外と街の様子は大きく変わったという印象はない。勿論、新しいビルに建て変わったりした程度の変化はしているが、戦後から続く商店街が根こそぎ無くなってしまうなんて事はない。駅の北口前にあるハーモニカ横丁も昔のままだし、その隣にある吉祥寺パルコも健在だ。そこがJR線と私鉄駅の違いなのかも知れない。同じJR中央線の阿佐ヶ谷や高円寺の駅前も変わっていないのに対して、小田急線の下北沢駅周辺は以前の面影は全く無くなってしまい、便利になった反面少々寂しい思いがする。今回、吉祥寺を訪れたのは、2018年12月にオープンした配給会社の「UPLINK」が運営する「アップリンク吉祥寺」を取材するためだった。

「UPLINK」と言えば、私が社会人となって間も無い頃に通っていた渋谷のファイヤー通りにあったカフェシアター「UPLINK FACTORY」を運営していた。私がそこで初めて観たのが16mmのイギリス映画『新宿ボーイズ』だった。歌舞伎町で男装して働くおなべを追ったシュールなドキュメンタリーに衝撃を受けてから「UPLINK」という名前は、ちょっとヤバ目な配給会社として、我が脳裏に完全にインプットされたわけだ。ワンドリンク付き1000円で映画を観るカフェという上映スタイルの物珍しさも手伝って仕事帰りによく通っていた。ただし扱う映画が映画なだけに、精神状態が安定している日を見計らって行かないと、翌日まで沈んだ思いを引きずる危険性があって、それがまた魅力だった。

そんな「UPLINK」が、長年拠点としていた渋谷から郊外の吉祥寺に移した。長きに亘り、渋谷系サブカル世代の興味を牽引してきた「UPLINK」が扱ってきた作品を観てきた者としては、郊外の駅前にミニシアターをオープンする事に戸惑いを覚えたのも事実だ。ところが意外にも「アップリンク吉祥寺」は、吉祥寺のあらゆる世代の人たちから新しい興味の対象として迎え入れられた。思えば…元々吉祥寺には「吉祥寺バウスシアター」があったし、隣の三鷹には名画座「三鷹オスカー」があって、映画文化の土壌はしっかり出来ていたのだ。勿論、上映作品の傾向は渋谷の時代から大きく変化している。人間の内面に迫るドキュメンタリーやディープな人間ドラマを中心に構成されていた頃に比べると激変と言っても良いほどだ。自社配給や単館系作品をメインとしつつも、山田洋次監督の『こんにちは、母さん』のような年配層に好まれるメジャー系から、『アンパンマン』や『仮面ライダー』といった子供向け(この番組編成にも驚かされたが…)までもがラインアップされている。

「ミニシアター・コンプレックス」という発想で、吉祥寺パルコの地下フロアに5つのシアターで構成された小さな映画街を作り上げた。初めてここを訪れた時の印象は「昔のアメリカ映画に出てきた屋内型の遊園地のよう」だった。その印象は今でも変わらない。エスカレーターで地下に降りると、お馴染み「UPLINK」のロゴ看板が出迎えてくれる。余計な装飾は無く実にシンプルなエントランスだ。このフロア全てが5つのシアターをランダムに配置したひとつの映画館なのだ。看板下のネオン管で出来た人差し指の先には青の洞窟を彷彿とさせるトンネルがある。もうこの時点で非日常空間の中に立たされた気分でワクワクする。そのトンネルを抜けるとカラフルに彩られたポップなロビーが目の前に広がる。まるでウェス・アンダーソンの映画の中に迷い込んだようだ。夏休みに来場した子供たちからも宇宙船や水族館みたい!と声が上がっていた。トンネルの途中にはシアターの扉があって、非日常から非日常へとジャンプする仕掛けが随所に施されている。シアターの周りを通路が縦横無尽に走る事で、館内をぐるぐる回遊する不思議な空間を生み出している。全シアターにはジャズのライブハウスで使われている平面スピーカーを設置されており、鳥のさえずりやセリフを発する時の息遣いといった環境音からアクションシーンの大きな音も滑らかに耳に入ってくる。何よりも眼を見張るのは、5つのシアターの場内がそれぞれデザインが異なるところだ。ポップ・レインボウ・レッド・ウッド・ストライプというコンセプトに合わせたカラーや模様が施された椅子や壁紙でバラエティに富んでいる。

受付カウンターの前にあるのは映画関連グッズを取り揃えたショップの「マーケット」。他にもヴィンテージ雑貨やアクセサリー、アニメーション作家のオリジナルグッズも販売。時には上映作品にちなんだコラボレーショングッズなども販売されているので、映画を観た後に立ち寄ってみると映画の世界観とリンクした小物に出会えるかも知れない。カウンターの奥にあるコンセッションには、100年以上前のオリジナルレシピに基づいて10種以上のスパイスを調合したクラフトコーラ「伊良コーラ」を販売しており人気のメニューだ。実は個人的に気になっていたのは、国産クラフトの辛口ジンジャーエール。渋谷の「アップリンクファクトリー」に併設していたカフェ「Tabela」で提供されていたジンジャーエールの大ファンだったので、ひょっとしたら…と思っていたら、やはり継続して販売されていると聞いて嬉しくなった。会社や学校帰りにちょっと寄り道する感覚で軽食を摂りながら映画を観てリフレッシュしてはいかがだろうか。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年9月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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