岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

休館していた街の映画館に再び映画の灯がともる。

2023年04月26日

三越映画劇場(愛知県)

【住所】愛知県名古屋市千種区星ヶ丘元町14-14 星ヶ丘三越
【座席】68席

撮影:2012年9月

新生活を迎える春先に嬉しいニュースが飛び込んできた。新型コロナ禍の影響で、2020年10月から臨時休館を続けていた名古屋郊外にある映画館が、この3月31日から営業を再開したのだ。中心部から市営地下鉄東山線で20分ほど。閑静な住宅地が広がる星ヶ丘駅前に建つ百貨店「名古屋三越 星ヶ丘店」の最上階にある「三越映画劇場」だ。かつて全国の老舗百貨店「三越」には、客席数100席前後の高級感溢れるミニシアターが入っていた。優れたムーヴオーバー作品を厳選する二番館で、見逃した映画を観ることが出来たので非常に重宝したものだ。高校生の頃に『シェーン』や『愛情物語』等のハリウッド・クラシックを初めてスクリーンで観たのも地元にあった「三越映画劇場」だった。

撮影:2012年9月

星ヶ丘に「三越映画劇場」がオープンしたのは1980年10月。初回上映作品は、高級レストランのシェフたちが狙われるミステリー『料理長殿、ご用心』だった。以来、現在に至るまで洋画邦画を問わず数多くの名作を送り続けて来た劇場のコンセプトは実に明確で、映画好きのための映画館と言うよりも、お買い物で百貨店を訪れた方が、より楽しい時間を過ごせるプラスアルファのサービスの一貫として映画館を位置付けている。観客の立場からすれば、公開からしばらく経っているので、口コミの評価を吟味した上で観る事が出来るのが二番館の良いところ。だから劇場スタッフが作品を選ぶ際には、試写会よりも上映している映画館に直接足を運んで、お客さんの反応や生の声を聞いて参考にされる事もあるそうだ。

エレベーターで最上階の9階に上がると、すぐ目の前に劇場のエントランスがある。余計な飾りを一切排除したシンプルなロビーは、正に映画を楽しむためだけに特化した空間だ。名古屋東部の文教地区と呼ばれる星ヶ丘は住宅地として開発が進み、周辺に映画館も少ないことから、来場者の年齢層は幅広く、百貨店のお得意さんがふらりと立ち寄られる事も多い。また休日ともなると買い物途中に足を運ぶ若いカップルの姿もちらほら…。以前は女性が中心だったが、近年ではご夫婦で来場される姿をよく見かけるようになった。仕事が忙しくて映画館に来たのは何年ぶりというご主人から「久しぶりに観て面白かった」と、帰り際に声を掛けてもらう事もあるそうだ。

百貨店の中という特殊な環境にあるため、買い物途中のお客さんが気軽に立ち寄れるよう上映時間が1時間半から2時間で収まる作品を選ばれている。また女性が多い事からアクションよりも人間ドラマに軸を置いているのも特徴のひとつだ。そんな「三越映画劇場」の特性を活かした連動企画も多く、時には映画のテーマに合わせた商品の展開や告知をされる事もあった。例えば、パン屋を営む夫婦を描いた原田知世と大泉洋ダブル主演の『しあわせのパン』公開時には、テナントのパン屋でパンが焼きあがる時間をロビーに掲示したり、阿部寛主演の『テルマエロマエ』では、ゆっくりとお風呂に浸かりませんか?と銘打ってバスグッズやアロマなど癒し系商品を紹介された。映画を観て終わるのではなく、自宅まで感動を持ち帰ってもらえるよう様々な工夫を繰り広げているのだ。

こうした取り組みのおかげで、コロナ前には年間4万人以上のファンが足を運ばれるようになり、休館していた間も再開を待ち望む声が多く寄せられていた。この期間に閉館という選択をせざるを得なかった映画館もある中、施設を維持し続け再開の運びに至ったスタッフのご苦労に拍手を贈りたい。復帰作に選ばれたのは信州の山奥で生活する作家を描いた沢田研二主演の『土を喰らう十二ヵ月』。43年前の柿落としと同じ食を題材にした映画を選んでいるのが何とも「三越映画劇場」らしいではないか?今後は映画だけに限らず、地域と連携したイベントなども計画されているという。長い眠りから目覚めて少しずつ街が息を吹き返してきた。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2012年9月(2023年4月加筆)

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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