岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

淀川長治が育った映画の街に再び映画の灯が甦った。

2022年08月24日

元町映画館(兵庫県)

【住所】兵庫県神戸市中央区元町通4-1-12
【電話】078-366-2636
【座席】66席

全国の映画館を取材で訪れた時は必ず時間を見つけてその土地の商店街を歩くことにしている。規模の大小に関わらず商店街には、そこに住む人たちの生活の一片が垣間見れるからだ。それを肌で感じられるのが楽しい。六甲山と神戸港に挟まれた神戸の中心部にある元町商店街は好きな商店街のひとつ。JR神戸駅から元町駅まで全長1.2kmにも及ぶ異国情緒溢れる商店街だ。歩いていると風に乗って船の汽笛が聞こえてくるのがイイ。東西に伸びる1丁目から6丁目まで、それぞれがアーケードとなっており、約300ものお店が軒を連ねる。江戸時代から既に220もの商店が通りにあって、現在の店舗数とさほど変わりないというのだから驚く。140年以上も続く老舗や舶来品のお店が数多く軒を連ねているのは国際港ならでは。地元の住民だけではなく県外からも昔日の神戸の雰囲気を味わいに訪れる人気の観光スポットだ。

そして元町と言えば商店街の東端にあるメリケン波止場。映画評論家の淀川長治が書かれた名著「淀川長治自伝」の中で、1936年3月にお忍びで日本に立寄っていたチャールズ・チャップリンが乗る船がメリケン波止場から出航する日のことが綴られている。チャップリン来日の情報を知った淀川氏が、船内で面会を果たした時の興奮が文章から伝わってくる。チャップリンに頼まれて妻のポーレット・ゴタードに付き添って下船した際、港の屋台店で購入した偽物の真珠にはしゃぐポーレットに本当のことが言えなかったというエピソードが実に微笑ましい。元町通の南側に外国人居留地があったことから元町・新開地エリアは映画の街だった。いち早く西洋文化を取り入れた映画館が明治時代から何館も建ち並んでいたことから、ここは映画ファンにとっての聖地でもあるのだ。だから私にとって元町商店街は、ショッピングを楽しむ人たちとは少々違った風景として映るのである。

ところが1970年代以降、映画の斜陽化が進むにつれて、商店街にあった映画館は次々と閉館。とうとう30年近くも街から映画館は完全に姿を消してしまった。そんな状況を変えたのが、2010年8月21日に一人の小児科医である堀忠さんが立ち上げた「元町映画館」だった。映画館経営の経験が無かった堀さんだが、映画の灯が消えた商店街の様子を見て「このままでは世界中の優れた映画を上映出来る場所が無くなり映画芸術の過疎化が進んでしまう」と思い、病院の開業資金で閉店したパチンコ屋を買い取って、映画館設立に向けて動き出したのだ。8年の準備期間を経てギリギリの予算で行った改修工事は、支援者の力を借りながら、自分らペンキ塗りやカーペット貼りをして経費を浮かせた。映写機・スピーカー・座席などは閉館となった映画館から譲り受け、閉館する奈良の映画館からもらったカーテンを縫って遮音効果を出すため壁面を覆った。設計を手掛けた会社からの協力や、ツイッターを見て手伝いに来てくれたボランティアのおかげで、小さいながらも皆んなの力で映画館が商店街に復活したのだ。

場内は可能な限り段差をつけて観やすい設計が施され、二階までの吹き抜けの細長いロビーは清潔感のある白を基調とした居心地の良い空間となった。ホールだった二階は試写室と待合スペースに生まれ変わり、この空間を活用してギャラリーやワークショップが行われている。「元町映画館」がオープンした頃は、市内にあったミニシアターが次々閉館していた時代。陽の目を見ないまま終わってしまった映画が数多く存在していた。だからこそ「若い人にも映画に興味を持ってもらいたい」と、収益性に乏しく商業上映が困難とされるドキュメンタリー映画や新興諸国、新進作家の作品を積極的に取り上げてきた。不定期ではあるが通常の上映作品とは別に「モトマチセレクション」という劇場スタッフが選んだ新旧の名作上映は、ファンから人気のプログラムとなった。

トークイベントも積極的に取り入れており、登壇者は監督や出演者だけに限らず、映画の学習会と位置付けて、作品の舞台となっている国の文化に詳しい専門家や有識者を招いて奥深い話を提供している。時には、その国の留学生たちが観客に国産ワインを振舞うなどユニークな仕掛けを繰り出してきた。参加者からも「こうしたイベントのおかげでより深く映画を理解できた」という声も届いているという。映画館から一方通行で作品を発信するのではなく、お客さんから「こんな映画が観たい」とか「こんな話を聞きたい」と寄せられた要望も企画に反映されている。こうした取り組みが来場者の心に響き、2020年には、オープン10周年記念プロジェクトとして「元町映画館ものがたり」という書籍が刊行されるまでになった。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2013年8月

「元町映画館」のホームページはこちら
https://www.motoei.com/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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