岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

自転車に乗ってエプロン姿で気軽に来れる街の映画館

2022年07月27日

塚口サンサン劇場(兵庫県)

【住所】兵庫県尼崎市南塚口町2-1-1-103 さんさんタウン1番館
【電話】06-6429-3581
【座席】4スクリーン 484席

兵庫県尼崎市にある塚口には、戦時中、郡是(現在のグンゼ)塚口工場があった。この工場では女性用のファッション靴下を生産していたが戦時中は飛行機部品を作るようになり、当時、樟蔭女子専門学校の生徒だった18歳の田辺聖子は、学徒動員として工場内の寮で住み込みをしながら、休日は大阪市内にある実家で過ごす日々を送ったいた。その様子を克明に記していた日記を書籍化した「田辺聖子 十八歳の日の記録」を読んだ。凄い!これが18歳の女学生が書いたものなのか…。読み進む内に、彼女の豊かな表現力と文才に嫉妬すら覚える。特に8月15日の終戦の日に書かれた怒りに満ちたひと言「何事ぞ!」の文字に思わず武者震い。日記は彼女の死後、遺品の整理をする時に膨大な書き物の中から発見され、姪が伯母が記録した戦争の記録を後世に残そうと出版したもの。今の時代に生きる若い人にこそ是非読んでもらいたい一冊だ。

現在の塚口は阪急とJRが乗り入れており、大阪梅田にも神戸三宮にも出やすいため、共働きの若い夫婦が多いファミリー向けの街として人気が高いエリアだ。阪急塚口駅前のロータリーを囲むように建ち並ぶ大型商業施設「さんさんタウン」の一角に、4つのスクリーンを有する映画館「塚口サンサン劇場」がある。昭和28年12月に「塚口劇場」という館名で創設され、その後、駅前再開発による「さんさんタウン」が開業した昭和53年7月7日に再スタートを切った。まだ日本にシネコンが上陸するずっと前だ。昔と変わらないのは、エプロン姿で気軽に来れる地元の映画館である事。常連のお客さんが多く、親子三世代に渡って来てくれている家族もいるという。

例えば、自転車で来られたお客さんには駐輪場のサービス券を渡している。駐車場割引だけではなく自転車があるのは珍しい。尼崎は坂道が無いフラットな土地なので、年輩の方でも20~30分くらいの距離ならば自転車で移動される土地柄だからという。上映作品はメジャー系を中心にミニシアター系や名作上映も積極的に取り入れている。これは常連のお客さんからの声を反映させたもの。「色んな映画を観たいけど、大阪や三宮にまで出かけるのはシンドイ」と、以前から寄せられていた要望が採用されたという。その結果、「昔の映画を観て新鮮に感じた」という若いお客さんも増えてきた。更に女性のお客さんの声を形にした「日本いちトイレが綺麗な映画館」も自慢のひとつ。広々としたトイレに、赤ちゃん連れのお母さん用にベビーシートが完備された個室を設けるなど、誰もが心地よく利用出来る環境作りに徹している。

昭和の時代は、生活圏の中にある映画館を見ればその街の様子が見えたものだった。休日のロビーはまるで街の縮図という様相を呈しており、その土地の人口構成が何となく分かったものだ。平成に移り、映画館の多様化とデジタル化の波によって、その様子にも変化が見られるようになる。「塚口サンサン劇場」が新しい映画館運営を模索していたそんな時期にターニングポイントとなる映画があった。それが『電人ザボーガー』のフィルム上映だった。それまで扱ってきた作品とは異なりミニシアター系の作品がどこまで受け入れられるかと、反応を見るつもりの上映だったが…フタを開ければ、東京や九州などの遠方から多くの観客が押し寄せた。既に大都市圏はデジタル化が進んでいたのだが「ここでは35mmフィルムで観る事が出来るらしい」という口コミによって、わざわざ新幹線に乗ってまで観に来るファンが集まったのだ。それまでは、面白い映画を掛ければ観客が集まるという図式が、上映するスタイルの希少性や付加価値に観客は反応するようになった。そこでデジタル映写機の導入後も35mmの映写機は撤去せずに、設立60年の記念イベントでは映画館の歴史を振り返る企画として日本映画の名作をフィルム上映すると多くの映画ファンが訪れた。

近年、映画はスクリーンに映した作品を静かに観賞するだけのものではなくなってきた。観賞スタイルにも多様化が求められるようになり、かつてニューヨークの名画座で流行った『ロッキー・ホラー・ショー』のように観客参加型の上映イベントが人気を博すようになる。「塚口サンサン劇場」でも関西では行われていなかった声を上げて映画に参加する「応援上映」や「マサラ上映会」などを次々と繰り出して、ファンの間では「聖地」として高い評価を得るようになった。また、音響設備にも力を入れており、重低音ウーファーの威力を最大限に発揮した上映会は今や劇場の名物だ。

ここでは現場にいるアルバイトから上がってきた意見も積極的に取り入れており、地下に降りる階段に掲示されているポスターもそれぞれ自前で作ったもの。このポスターの出来栄えが実に素晴らしく思わず見惚れてしまう。もっとたくさんの映画を観てもらいたいというスタッフの想いも年を追うごとに地元の人たちに伝わり支持されるようになった。お客さんからアドバイスをもらって、そこからスタッフ皆んなで色々なアイデアを出す。こうしたコミュニケーションの中から、求められているものを形にする「塚口サンサン劇場」のような映画館がある街は健全だ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2013年8月

「塚口サンサン劇場」のホームページはこちら
http://www.sunsun.info/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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