岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

池を見下ろす高台に建つ閉校した小学校にあるミニシアター。

2024年02月28日

jig theater(鳥取県)

【住所】鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎619 3階 
【電話】問合せ・予約は公式サイトより
【座席】35席

鳥取県のほぼ中央に位置する湯梨浜町という場所に、周囲が12キロもある東郷池という大きな池がある。池の前にある松崎駅は倉吉から山陰本線に乗って隣にある無人駅だが、空港からリムジンバスも出ている。駅周辺は東郷温泉という小さな温泉街で、対岸にはオバマ大統領が来日した際に有名になったはわい温泉もある。バスの停留所前には、湯の華慈母観音の像が立っており足元からも温泉が湧き出ている。温泉の守り神だ。池の辺りを歩いてみると町のあちこちから温泉が湧き出ており、池に面した東郷湖畔公園には温泉玉子を作れる井戸があって、玉子を持って温めると20分ほどで美味しく出来上がるそうだ。道路沿いの空き地からも湯煙が立ち上っており、地面から温泉が側溝に流れ込んでいるのには驚いた。他所者の私は何だか勿体無い気がした。

正面に日本海を臨み三方を山に囲まれ、東郷池が町のランドマークとして存在する湯梨浜町は、都会の喧騒から隔たれた箱庭のような町だ。だからと言って交通の便が悪いわけではなく、無人駅ながらも山陰本線の駅がちゃんと町なかにある。駅前から古い商店が残る路地に入ると、昔ながらの商店や建物の間をやっと通り抜けられる場所に温泉の銭湯がある。通りを進むと町の空気に溶け込んでいる個性的なゲストハウスや古本屋を見つけた。池沿いには美味しいチーズケーキを出してくれるお洒落なカフェもある。かと思えば駅前には軽食も出してくれる懐かしい雰囲気の喫茶店もある。こうしたロケーションから近年、人口1万6千人ほどの小さな町に、多くの若者が都会では得られなかった価値観近を求めて移住しているというのも理解できる。

池を見下ろす高台にある閉校した町立桜小学校の工作室をリノベーションした映画館「jig theater(ジグシアター)」の代表を務める柴田修兵さんも新たな移住者の一人だ。外観は小学校のままで、春になると県道からの坂道にある満開の桜が出迎えてくれる。エントランスには子供たちが使っていた下駄箱が当時のまま残されており、今は映画のチラシ入れに活用されていたり、連絡掲示板は上映作品の告知スペースとなっている。「jig theater(ジグシアター)」があるのは、正面にある階段を上った3階の元図工室だった場所。お昼になると…キンコンカンコ~ンとチャイムが全館に流れるのは小学校の頃の名残り。だから上映スケジュールはお昼をまたがないように組まれている。

図工準備室だったロビーで受付を済ませて扉を開けて場内に入る。フラットな空間に木製のパレットを段々に組み合わせ、そこに素材の違う3種類のクッション材を重ねた背もたれのある簡易ソファを置いている。機能美に溢れたシンプルな作りのソファはサイズと背もたれの高さもまちまちでその日の気分で選べるのが楽しい。このシートのデザインは、京都の建築家・奥泉理佐子さんによるものだ。ロビーは中央に大きなベンチソファーと両側には本棚があって、映画館だから映画の専門書が置いていると思いきや…アート系から文学や哲学などなど千差万別。中には「棍棒入門」など思わず手に取りたくなるタイトルが並ぶ。

「jig theater(ジグシアター)」が提供する作品のコンセプトは「戸惑いの映画」。その映画が好きとか嫌いという価値判断の前に、観終わって何を観ていたんだろう…という戸惑いがある映画の方が心に残っていると柴田さんはいう。その「戸惑い」を感じてもらって、観客を立ち止まらせる映画を掛けていきたいというのが上映コンセプトだ。こけら落としに選んだホン・サンス監督の『逃げた女』もやはり物語が進むにつれ「何が起きているのだろう」と思わせる構造の映画だった。上映本数は町の人口規模を考えて、月に1企画として作品も2~3本程度に絞っている。映画館を開けているのは土日を中心に月7日から10日。この無理のないペースは、ひとつの作品とじっくり向き合える時間を与えてくれる。お客さんも何を観ようか迷う事が無くなり、それでもコンスタントに1企画に200人前後の来場者がいるという。おかげで、ここに来るお客さんは、映画を観る事を特別なイベントとして捉えられているようだ。

最初は物珍しさから来ていた人たちも今ではかなりのペースでリピートされているそうだ。今では、上映後に自然とお客さん同士で映画について語り合うようになって、時には、受付で2時間くらい平気で話したり、帰りに周辺のカフェでお客さん同士で語り合われたりするようになった。観客同士がひとつの映画を理解出来るまで突き詰める。映画館が出会いの場となり、その輪が映画館を中心に広がって「映画の熟成」があちこちで起こっているのだ。これも「戸惑いの映画」の効果なのかも知れない。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2023年11月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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