岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

日常の中に映画館で映画を観る習慣が甦った街

2022年06月08日

プラット赤穂シネマ(兵庫県)

【住所】兵庫県赤穂市加里屋290-10 プラット赤穂2F
【電話】0791-45-0258
【座席】3スクリーン 345席

子供の頃、年末になると必ずと言って良いほどテレビの映画劇場で放映していたのが赤穂浪士討ち入りを描いた『忠臣蔵』だった。赤穂浪士四十七士が吉良上野介の屋敷に討ち入り、主君・浅野内匠頭の仇討ちを果たしたのが、元禄15年の(旧暦)12月14日だったからだ。『忠臣蔵』は様々なタイトルで、大手映画会社が毎年こぞって、自社で抱えているオールスターキャストで製作する超大作で各社のドル箱プログラムだった。それを討ち入りの日にあやかって、12月になると放映していたのだが、この日は家族揃ってテレビに釘付けとなったのを覚えている。時代劇ファンだった父が、特に好きだったのは東映の『赤穂浪士』で、主人公の大石内蔵助と言えば、数ある名優が演じた中でも何と言っても片岡千恵蔵がダントツだった。2019年に公開された中村義洋監督の『決算!忠臣蔵』は、純粋な忠臣蔵の物語からすると異端かも知れないが、討ち入りに掛かる費用を現代の金額に換算するといくらになるのか?を描いたコメディーで、実にうまく出来ていた。今でも全国的に有名な「赤穂の塩」が、藩再建の判断に大きく影響したという解釈も納得できる。

その元禄赤穂事件ゆかりの地が、兵庫県南西部の岡山県との県境に位置する赤穂市で、『決算!忠臣蔵』のロケ地など製作に協力されている。神戸から快速に乗って1時間半ほど、JR赤穂線の播州赤穂駅を降りる。山を越えたらもう備前だ。駅前から真っ直ぐ伸びる夕暮れ時のお城通りを歩く。白壁の日本家屋を利用したお店が軒を連ねる通りを20分ほど歩くと赤穂城跡の大手門に着く。この辺りは四十七士を祀る赤穂大石神社や歴史博物館など文化施設が建ち並ぶ。もう少し先には淡路島と小豆島に挟まれた瀬戸内有数の漁場である勇壮な播磨灘が広がる。そんな豊かな自然と歴史が残る赤穂市に、街に唯一の3つのスクリーンを有する映画館「プラット赤穂シネマ」が平成12年12月12日オープンした。映画館を運営する大饗興行は、映画が斜陽産業と呼ばれ次々と閉館していた昭和40年代に、備前・津山の県北部を中心とした山間部の町で移動映写を行なっていた興行会社だ。

赤穂市はそれまで30年の間、映画館が無い街で、映画を観るとしたら電車で隣の姫路まで行くしかなかった。ようやく街に映画館が戻ってきた!と住民から大歓迎を受けて大盛況のオープニングかと思いきや…意外な事に決して順風満帆なスタートというものではなかった。レンタルビデオで映画が自宅で見る事が出来るようになり、映画館離れが全国的に加速していたのがちょうど30年前。あまりに長い年月、街に映画館が無い状況に慣れてしまった住民が、映画館に足を運ぶにはもう少し時間が必要だったのだ。そんな初日から厳しい状況がしばらく続いたが、翌年の夏に「プラット赤穂シネマ」のターニングポイントとなる運命的な作品が登場した。それがスタジオジブリの『千と千尋の神隠し』だった。この映画によって、映画館で映画を観ることを体験した人たちが少しずつリピーターとして来場するようになった。

オープンして半年が過ぎて、それまで日に数えるほどしか観客がいなかった映画館に、初めて長い列が出来るようになり、連日立ち見という現象が続いたのである。この年以降は、ファミリー映画が豊作で、冬休みには『ハリーポッターと賢者の石』が大ヒット。翌年の春には『モンスターズインク』などのヒット作が続々公開されると、ようやく「プラット赤穂シネマ」にも地元の人たちで賑わいを見せ始めた。駅とは歩道橋で直結している利便性から、学校帰りの中高生や夏休みや春休みには子供たちが友達同士で来場するため、売店で販売するポップコーンやジュースは、子供が少しでも買いやすいように、値段を原価ギリギリで提供されている。こうした取り組みのおかげだろうか、オープン当時から来ていた子供が、高校生になっても変わらず来場してくれているという。

人の手を通した触れ合いを大切にしたいと、対面販売にこだわるチケット窓口でチケットを購入する。平日の夕方、こじんまりと落ち着いた雰囲気のロビーには、数組のカップルが開場待ちをしていた。宇宙船のようなデザインがカッコいい売店で、ポップコーンとドリンクのSSセットを購入して場内に入ると、ビルの中にある映画館にしては思ったよりも奥行きがあって天井が高い空間に驚く。これは、どんなに小さな劇場でも「客席はスタジアム形式にする」という社長のこだわり。設計段階ではワンスロープという計画だったが、「それならば映画館はやめたほうが良い」と、社長は頑として、これだけは譲らなかったという。

シートに腰を下ろして思うのは…そのこだわりは大正解だったということ。どこに座っても実に観やすい理想的な劇場だと思った。オープン以来、着実にリピーターが増えているのは、設備にお金を掛けるだけではなく、人とのつながりを大事にされている映画館の姿勢が地元の人たちに伝わっているからだろう。だから、電話の対応もテープではなくスタッフが直接お話しする事を心がけている。普段着で自分が住む街の映画館に映画を観に来る…そんなお客さんが増えてきた。映画が終わって帰り際「良かったわ」と、スタッフに声を掛けられるご婦人がいた。どうやら日常の生活スタイルの中に映画館で映画を観る習慣が浸透してきたようだ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2013年8月

「プラット赤穂シネマ」のホームページはこちら
https://www.plat-ako.com/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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