岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

父から引き継ぐ映画館で映画の灯を守り続ける。

2022年04月13日

長崎セントラル劇場(長崎県)

【住所】長崎県長崎市万屋町5-9 セントラルビル2F
【電話】095-823-0900
【座席】97席

正面に港、三方を山に囲まれた長崎市は坂の街だ。そして長崎と言えば、さだまさしである。初期のアルバムに収録されている「絵はがき坂」は、長崎にある活水女子大学近くの坂の情景を切り取った名曲だ。そんな、さだまさしが書いた小説を磯村一路監督が映画化した『解夏』は、オール長埼ロケで、失明に至る難病に冒された主人公が目が見えなくなる前に故郷の街を振り返る姿を描いた名作である。劇中、長埼港まで見渡せる主人公の実家が出てくる。家の前を石段の坂があって主人公はいつもその坂で軒先を振り返る。その情景がとてもイイ。市内にある住宅の多くは山の斜面に建っているため長崎は階段の街でもある。その階段を物語に取り入れていた映画が、緒方明監督の『いつか読書する日』だ。架空の街の設定となるため、この映画には『解夏』のような長崎の名所や観光地は出てこない。山に建つ住宅街(ロケ地は市の南に位置する大浦)だけである。田中裕子演じる牛乳配達員の主人公は住宅街の階段を毎朝登り降りする。最初の一段を踏み出す時に「よし!」と気合を入れる主人公が微笑ましい。

私が初めて長崎を訪れたのは、まだ夏の日差しが厳しい9月初旬。地形がすり鉢状のため港の汽笛が離れた場所でも山に反響してよく聴こえる。私が住む横浜の自宅も横浜港の汽笛が聴こえるので親近感が湧く。長崎港から中島川沿いを内陸に向かってぶらぶらと歩く。川にはたくさんの橋が架かっている。国の重要文化財に指定されている眼鏡橋もこの川に架かる。観光名所の出島や長崎新地中華街があったりして徒歩で長崎の名所を辿るにはもってこいのルートだ。眼鏡橋の近くに、昭和35年に木造平屋建て日活の二番館としてオープンした映画館「長崎セントラル劇場」がある。時代は正に日本映画の第二次黄金期に当たる頃で、石原裕次郎フィーバーの真っ只中。二番館、三番館でさえも連日立ち見が出るほどの盛況ぶりを見せていた。かつて長崎市は、30館ほどの映画館が軒を連ねていた県内屈指の映画街だった。オールナイトが100円だった当時はバケツの中が100円札で満杯となり、溢れるお札が飛び出さないように足で踏んで押さえていたという。現在のビルとなったのは昭和41年。当初は2館体制で邦画だけではなく洋画も上映するようになった。ブームが過ぎて映画館にお客さんが来なくなるとピンク映画を上映して厳しい時代を乗り越えた事もあった。

「色々やりましたね…」と当時を振り返って笑うのは代表を務める前田眞利子さんだ。先代のお父様から映画館を引き継がれた前田さんは子供の頃から映画館の紆余曲折を見てきた。赤字経営が続く映画館を引き継ぐ決心をした前田さんにお父様は「映画館は赤字やけん。もうやめろ」と言い残して亡くなられた。それでも前田さんは映画館を閉める事はせず、まず一番最初に取り組んだのは経費削減だった。その時は映画館の赤字はビルの上にあるアパート収入にまで食い込むほど経営は切迫していたそうだ。更に配給会社から回ってくるフィルムの数も少なくなった事も手伝って、前田さんが引き継がれた時には既に1階の劇場は閉めていたという。その時、前田さんを支えたのは、常連さんから掛けられた「絶対に映画館をやめないでね」と何度も懇願された言葉だった。「下の劇場を閉めた時に閉館する噂が立ったみたいですね。その時に声を掛けてくれたのが、昔から映画を観るならウチで…という方だったので嬉しかったです」と顔を綻ばせる。そこから九州では観られない単館系の作品を上映するようになると少しずつお客さんも戻り始めた。平日の朝から多くの年輩のお客様が列を作る光景も見られるようになった。更に、多くの人にもっと良質の映画を見てもらうため様々な割引サービスを実施すると、会社帰りにお友達と連れ立って来場する若い人たちも増えた。

2階の劇場へと続く入口には、ビッシリと埋め尽くされた上映作品の案内板が掲げられており、嫌がおうにも映画への期待感が高まる。壁面にフィルムのデザインをあしらった細長い階段を上がると、温かみのある木のフローリングと、白とオレンジで色分けされた壁面の明るいロビーが広がる。掲示板には手作り感満載の作品紹介が掲示されており、チケットを購入して上映までの待ち時間に熱心に読まれているお客さんの姿をよく見かける。取材当時、ワンスロープ式の場内にカマボコ型の背もたれの座席(カップホルダーが前席の背に設置されていたのがユニークなアイデアだった)が設置されていたが、このコロナ禍において、昨年の3月に、座席の中央に通路を設置して、座席数を128席から97席に減らして間隔に余裕を持たせた。座席も革張りに全面リニューアルして、最前列では足を伸ばして(まるで寝転がった感じで)観賞できる特別席を設けている。

近年、指定席が増えている中、ここは現在も場内は全て自由席。年輩の昔ながらの常連さんは席を指定で決められるのが嫌いらしい(その気持ちは私もよく理解できる)。街をブラブラと散策する途中表の案内板を見て時間があれば映画館にふらりと立ち寄る。そして行き当たりばったりで、その時に空いている席から自分の好みの場所を選ぶ。さすがハイカラな街だけに映画観賞にもそんな粋な観方をする住人が多いらしい。中には、1本だけ観にきたつもりが次の回の作品が面白そうだからとハシゴされる方も少なくないという(全作品を観るという強者もいらっしゃるとか)。そんな人たちにとって、今でも映画館は社交場となっており、チケットを買いながらスタッフや前田さんとおしゃべりに興じたり、朝イチで来場されたお客さんが、口々に「おはよう」と声をかけてチケットを購入されている事に素朴に驚いた。昔の劇場ではよく見られていた光景がマニュアル化と共に消えてしまった大切なものが「長崎セントラル劇場」には残っていて何だかホッとさせられた。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2011年9月

「長崎セントラル劇場」のホームページはこちら
https://cinema-central.com/

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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