岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

戦後、難波の映画街で多くの日本映画を送りつづけた

2021年12月22日

【思い出の映画館】千日前国際シネマ(大阪府)

【住所】大阪府大阪市中央区難波3-1-36
【座席】564席
※2008年3月31日をもちまして閉館いたしました

先日、書店で何気に手に取った一冊の本に、懐かしさから心がときめいた。昭和30年代…町の映画館に大きく掲げられていた絵看板の写真を掲載する「昭和の映画絵看板」だ。サブタイトルの「看板絵師たちのアートワーク」という一文が泣かせる。大阪ミナミの興行街にあった映画館の入り口を彩った絵看板300点を収録した昭和の貴重な風俗記録だ。何故、今までこのような書籍が出版されなかったのが不思議でならない程、クオリティの高い写真が掲載されている。映画館の絵看板は公開が終われば使い回しで、その上から次回作の新しい絵を上塗りしていく。写真に残さない限りは二度と世に出る事はないアートワークだ。映画最盛期の千日前の映画街には、そんな夢のような絵看板の世界が広がっていた。

市電の難波駅から大劇通商店街を少し入ってから千日デパート方面に向かって歩いたところに白いエナメル質の壁面が特徴的な映画館「千日前国際シネマ」があった。隣には「千日前国際劇場」と地下に「国際地下劇場」が並んでいた。この界隈は、かつて数多くの芝居小屋や寄席が建ち並ぶ関西随一の興行街で大正時代には「楽天地」が、昭和に入ると「歌舞伎座」や「浪花座」がといった老舗劇場が次々と開業した。昭和30年代の映画最盛期には30館近くの映画館が軒を連ねていた。「千日前国際シネマ」は、終戦後間もない昭和21年に新東宝の封切館としてオープン。その後、昭和31年に東映の封切館となり、数多くの日本映画の名作を贈り続けてきた大劇場だ。東映の封切館時代は、任侠ものが大人気だった事もあり、どちらかというと硬派な男性客がメインで、高倉健、鶴田浩二の男気溢れる姿に男性たちは一喜一憂したものだった。昭和40年代に入ると深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズが大ヒットを記録。任侠映画全盛期には、映画館の中庭で、映画を観てその気になった男性客が数人で大太刀回りをして警察を呼ぶという今では考えられないエピソードもある。長年親しまれてきた外観を全面改装して、昔の絵看板は姿を消してしまったが、ロビーや場内は昔のままの面影を最後まで残していた。

チケットを自動販売機で購入してすぐ左手に懐かしいショーケースに、映画のパンフレットや関連グッズ、スナック菓子が無造作に並べられた売店がある。薄暗いロビーに掲げられる「国際シネマ御入口→」のコルトン看板。扉の向こうの中庭に敷いている赤いカーペットを真っすぐ歩いて行くと右手に今は使用されていない喫茶店が見える。昔はここが上映までの待ち合いスペースだった。今は長椅子が置かれており、天気の良い日中は心地よく映画が始まるまでの暇つぶしが出来た。奥の建物に入るとすぐに1階席への扉と2階席へ上がる階段がある。コンクリートの壁が重厚感を帯びており、喫煙所には使用されなくなった場内の椅子が置かれていた。階段の踊場には、どのように使えば良いのか分からない「非常梯子」が壁に掛かっており、一気に昭和の時代へタイムスリップしてしまう。どこに行っても同じような内装の映画館が増えた昨今、思わず施設内を探険したくなる映画館だ。

1階場内の両サイドには、どっしりとした柱が並び2階席を支えている。ワンスロープ式の1階席は縦に長く、左右を3つのブロックで分けられていた。スクリーンの上にある電飾のアクリル板に書かれている「封切 国際シネマ」の書体が懐かしい。天井が高く開放感がある場内で、昔からの常連は自分のお気に入りの席にこだわる。そして、ここの最大の特徴は、ぐるりとコの字型に取り囲む2階席の形状だ。2階席には左右に迫り出した1席ずつ桟敷席が設けられている。スクリーンに向かって角度が付いているこの座席は、芝居小屋のを参考に設計されたものだ。満席時には桟敷席の前にある手摺に身を乗り出して一生懸命映画にかじりつくお客さんの姿が見られた。敢えてこの席を好まれるお客様も多かったという。常連だけではなく中高生からも人気があった町の映画館。閉館前に行われた「さよなら興行」では、原点に立ち返って新東宝の『明治天皇と日露戦争』を最後に、62年の歴史に幕を下ろした。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2003年7月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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