岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ぶどう園の真ん中にポツンと佇む映画館。

2021年11月24日

【思い出の映画館】テアトル石和(山梨県)

【住所】山梨県笛吹市石和町八田291
【座席】120席
※2018年2月28日をもちまして閉館いたしました

ぶどうの産地として数多くのワイナリーを有する山梨県。昭和36年1月―ぶどう園の真ん中から突然、温泉が湧き出して温泉地として発展した石和温泉郷は、JR中央本線で東京から2時間足らずの近郊にある。秋になると多くのワイン好きが、その年に収穫されたぶどうから出来たワインをテイスティングするためにワイナリーを訪れる姿が見られる正にワインの里だ。初秋の山梨はまだ暑く、石和温泉駅に降りると秋空の太陽が眩しかった。駅から葡萄畑の間をすり抜けるように歩くこと15分…たわわに実ったマスカットの黄緑色が秋の陽射しに浮き上がる。夕暮れ時とは言え30度を越す気温に汗をかく。本当にココに映画館があるのだろうか?と不安になってきたところに、ぶどう園のど真ん中に、ポツンと佇む映画館「テアトル石和」が現れる。

ひと気の無い乾燥した土地に建つ姿は、まるで『バグダッド・カフェ』に出て来るダイナーのようにシュールだ。それまでぶどう園しか無かった場所に温泉が湧き出した事から石和駅前には温泉旅館の他にも娯楽・遊戯施設が続々と作られていった。地方の観光地によく見られる浴衣姿で闊歩する温泉街として栄えたちょうど、その頃、昭和44年に「テアトルアンネ」という館名でオープンした「テアトル石和」も、そうした温泉好景気の中で誕生した映画館である。

設立当初は正に成人映画が全盛の頃で、夜は成人映画、日中は東映のヤクザ映画を交互に上映されていた。駅の近くにストリップ劇場があったり、温泉地の歓楽街の延長線上にコチラの劇場が位置しており、昭和50年代までは温泉に宿泊していた社員旅行の団体客が多く訪れていたという。平成になってブームが終わると成人映画からは手を引いて、邦画・洋画問わずムーブオーバー館として二本立、時には三本立興行を行っており、900円から1000円前後の低価格で映画を楽しめた。街自体が活気溢れていた昭和40年代には、石和温泉にも数館の映画館が軒を連ねていたものの映画の斜陽に伴い、年を追うごとに次々と閉館していき、とうとう笛吹市内には「テアトル石和」を残すのみとなった。

入口を開けると自動券売機があり、その奥にロビーが広がる。場内に入る扉の真鍮の取っ手は、設立当時から変わっておらず、多くの観客を迎え入れてくれた劇場の歴史を物語っている。小じんまりとしたロビーに設置されているベンチに腰を掛けていると、場内からかすかに上映中の効果音が聞こえて来る。待ち時間に聞こえて来る場内の音に心ときめかせ、モチベーションが上がって行くのも快感であった。ちょうど取材に伺った時は『ターミネーター4』が上映されており、ロビーに漏れてくるクライマックスの爆発音を聞きながら、ドキドキさせられたあの頃の映画館の風情を思い出させてくれる。

上映開始のベルが鳴ると慌てて売店でポップコーンやカチカチに凍ったソフトアイスを買って場内に入る。場内には冬に使用されていたボイラー特有の香りが仄かに漂う。外から見た映画館の建物自体はそれほど高い印象は無いのだが、場内に入ると外観の印象以上にゆったりとした空間であることに驚かされる。中央まではワンスロープだが、後方カマボコ型の背もたれシートのブロックから段差が激しくなる。また、左右壁側の座席はゆったりとした革張りのシートで一人で贅沢にノンビリと観賞したい方やカップルにオススメの席だ。

シネコンの影響もあり、年々客足が遠のいているものの、お年寄りがブラリと訪れたり、学校や仕事帰りに仲間同士で来る地元のファンに支えられていた。夜になると真っ暗な道に遠くからでも映画館のネオンが煌煌と浮かび上がる。きっと地元のファンは今も昔と変わらず、その灯りに引き寄せられるのかも知れない。葡萄園の真ん中にある非現実的なシチュエーションで観る映画はひと味違って感じられた映画館だ。そんな地元の人たちに親しまれてきた「テアトル石和」も客足の減少に伴い平成30年2月28日に閉館。最終日には地元ファンを招待してお別れの会を実施。ほぼ満席となった場内で映画館の半世紀を参加者全員で振り返り50年の歴史に幕を下ろした。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2008年10月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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