岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

スクリーンいっぱいに輝く名作たち

2023年12月27日

荒井晴彦に心ときめく!

©2023「花腐し」製作委員会

荒井晴彦、この人の名を聞くだけで胸がときめく映画ファンは多いだろう。数々の名作の脚本を執筆し、幅広い作品を手掛けてきた名脚本家。そしてそんな私も彼の作品に心を奪われてしまったうちの一人だ。

初めての出会いは高校2年の冬にDVDで観た「赫い髪の女」である。衝撃だった。鮮烈だった。湿っぽい空気感と文学の香りが漂い、嫉妬に泣く主人公の不器用な姿に胸が締め付けられた。当時、クラスメイトに痛々しい片想いをしていた私の心は切なさと愛おしさで溢れかえった。翌年、監督・脚本を手掛けた「この国の空」が封切られ、真赤に熟れたトマトが窓枠から転がり落ちる描写に映画表現の美しさを観た。鑑賞後に自宅まで歩いた肌寒い夜の帰り道のことは昨日のことのように覚えている。それほどまでに満ち足りた映画体験だった。

荒井脚本の最大の魅力は男女の性愛、そして別れの描写だと私は思う。ロマンと情感に満ちていて、登場人物の心情が自分の心の中にスッと入ってくる。それは登場人物の感情が自分の感情とシンクロしているからであり、そこに至るまでの背景がしっかりと描き込まれていることの証明に他ならない。しかもバックにかかる音楽がまた良いのだ。このセンスには毎度唸らされる。

私にとって、彼の紡ぐストーリーは理想であることが多い。私の最も好きな展開、好きな描写、好きな言い回しをピンポイントで突いてくる。心を優しく包んでくれるような気さえする。そんな彼の作品が好きだ。そんな脚本を書ける彼が好きだ。そして、私の憧れだ。

ここからは私が愛してやまない作品への愛を少しだけ書こうと思う。この素晴らしさが一人でも多くの人に伝わることを願って。

「ベッド・イン」1986年公開 監督:小沼勝
不倫をしている1組のカップルの物語。埋まることのない隙間と常に影がつきまとう性愛描写、全共闘世代の男と若い女の空虚な心情が切ない。特別だった関係が慣れあいになり、2人の心がすれ違っていく姿が靴の乱れなどの細かい描写の積み重ねで緻密に綴られる。劇中でかかる歌の歌詞と登場人物の会話が見事にシンクロするセンスは圧巻。「ラストタンゴを踊って」

「母娘監禁・牝」1987年公開 監督:斉藤水丸(信幸)
友人の死の責任を感じながら漂う少女の青春映画。愛を知って変わっていく少女と残酷な男たちの仕打ち。すべてに絶望しながらも死ぬことのできない切なさが終盤ではっきりと示される。友人を裏切ったときのセリフ「死んでたのよ、余りなのよ」の強度たるや。最初と最後に流れる「ひこうき雲」がマッチしすぎている。ラストシーンは監督によって改変されているが、本作の魅力は損なわれていない。

「F.ヘルス嬢日記」1996年公開 監督:加藤彰
東映Vシネマの1本としてリリースされた作品。ファッションヘルス嬢と電気工の男、心が近づくと身体は離れる、身体が近づくと心は離れる。都会で傷つき、孤独を抱えた男女の出会いと別れを彩る研ナオコの「花火」。欲望が交差する風俗店だからこそ、主人公2人の純粋な気持ちが切なく輝く。ギュッと固く閉じられた唇のさよならが女の決意と悲しみを表している。セリフがなくとも声が聞こえてくる名シーン。

「恋人たちの時刻」1987年公開 監督:澤井信一郎
なんといっても本作は別れの描写が秀逸だ。何も言わず目に涙をためた女と哀願する男の視線のぶつかり合い。女の切ない心情を観客のみが知っているという巧みな構成。背伸びをしてみても拭えない嫉妬心、近づいたがゆえに平気なフリができなくなる男の気持ちが手に取るようにわかる。頭でわかっていても止められぬ気持ちはいつも事が起きてから知る。

「リボルバー」1988年公開 監督:藤田敏八
一丁の拳銃をめぐる群像劇。男に拳銃を盗られて女の部屋に転がりこむダメ刑事と拳銃を手にしたことで暴走する若者。力を失って緩む中年、かりそめの力を手に入れ暴走する若者、そしてふたりの側に寄り添う女性の対比が見事。そこに絡むギャンブル好きな二人組の男。嫉妬と愛憎が一丁の拳銃によって集約されていく脚本に唸る。拳銃という力によって感情が噴き出す人間の心理が先の読めない面白さを生み出している。

「赫い髪の女」1979年公開 監督:神代辰巳
多くを語らず身体を重ねる日々を過ごす男と女。同僚に女を抱かせた主人公にこみ上げる嫉妬心。自分の気持ちを誤魔化して傷つく不器用さ、目にためた涙が沁みる。ゆえにラストの濡れ場が愛おしい。雨の日に出会い、雨の日に出かけ、雨の日に泣く。雨の日のオシッコと雨の日の旅立ち。画面から伝わってくる湿度の高さとじっとりと描かれる愛欲の日々に男の業が重なる。

「新宿乱れ街 いくまで待って」1977年公開 監督:曽根中生
新宿ゴールデン街を舞台に夢を、酒を、男を、女を求めて集う若者たちの激しい青春。売れない脚本家の男と女優志望の女、成功を夢見ながらも相手の成功には嫉妬する男。酒と喧嘩とセックスと、エネルギーが充満している新宿で1組の男女が扉越しに交わすさよならが切なく、主人公の痛みは青春の痛みと重なりながら終わっていく。荒井さんらしい終わりの物語だ。

「ありふれた愛に関する調査」1992年公開 監督:榎戸耕史
結婚の身元調査と猫探し以外はなんでも引き受ける探偵のもとに現れてはまた去っていく関係者たち。通り過ぎていく事件と惚れた女を追う探偵が無情な別れや死を前にしたやるせなさに自らの心を重ねてしまう。劇中で上映される山根成之監督の名作「さらば夏の光よ」が三角形の終わりを暗示させる上手さ。ハードボイルドな映画の中に登場する「元気になりました」の一言が優しく愛おしい。

「さよなら歌舞伎町」2014年公開 監督:廣木隆一
歌舞伎町のラブホテルを舞台に様々なカップルが織りなす群像劇。それぞれに事情を抱えながら懸命に生きる人々を優しく包み込む展開が心に沁みる。特に大好きなのは終盤の風呂のシーン。秘密を抱えた女が男と交わすやり取りに自然と涙がこぼれる。ままならない人生の一端が描かれることで、登場人物たちがいつしか自分の身近に感じてしまう愛おしい作品だ。

「花腐し」 2023年公開 監督:荒井晴彦
荒井晴彦監督作品からひとつ。ピンク映画監督の男とシナリオライターを目指した男が過去に愛した女を語り合う。過去の記憶は鮮やかにカラーで、女の不在が暗い影を落とす現代は白黒で映す演出の素晴らしさ。終わりゆくピンク映画界、そして終わりゆく愛へのレクイエムとして描かれた男女の出会いと別れ。切なすぎるカラオケの曲は「さよならの向う側」。「動物になってみたい」というセリフの愛おしさ。荒井ワールドにどっぷり浸る2時間17分。

とりあえず10本選んでみたが、正直なところまだ迷っている。好きな作品がありすぎるのだ。名コンビ根岸吉太郎監督との「遠雷」は入れたかった。他にも「ダブルベッド」、「闇に抱かれて」、「Wの悲劇」、「ヴァイブレータ」、「大鹿村騒動記」、「共喰い」、「幼な子われらに生まれ」…。もちろん「この国の空」、「火口のふたり」だって捨てがたい。そして私がこれらの作品を語るとき多用した言葉がある。それは“愛おしい”という言葉。心の中に沸き起こるギュッと抱きしめたくなるような想いを端的に表現しようとしてかなり使ってしまった。そんな愛おしい作品を今後も作り続けてほしいと思う。荒井さん、次回作はいつですか?

語り手:天野 雄喜

中学2年の冬、昔のB級映画を観たことがきっかけで日本映画の虜となり、現在では24時間映画のことを考えながら過ごしています。今も日本映画鑑賞が主ですが外国映画も多少は鑑賞しています。

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語り手:天野 雄喜

中学2年の冬、昔のB級映画を観たことがきっかけで日本映画の虜となり、現在では24時間映画のことを考えながら過ごしています。今も日本映画鑑賞が主ですが外国映画も多少は鑑賞しています。

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