岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

歴史と文化の東北の町で子供たちに夢を贈り続けた。

2021年11月10日

【思い出の映画館】会津東宝(福島県)

【住所】福島県会津若松市中央1-1-8
【座席】88席
※2012年6月17日をもちまして閉館いたしました

まだ少し肌寒さが残る東北の春。四方を険しい山々に囲まれ、東に猪苗代湖を有する福島県西部に位置する会津若松に夜行バスで着いたのは朝6時過ぎ。結構早い時間だったのでお店はどこも開いていなかったが、駅前の通りを南に歩く。目的は1593年に蒲生氏郷によって復元整備された鶴ヶ城(別名会津城)を見学するため。東京では既に散ってしまったが、福島なら今が見ごろだろうと期待していた(鶴ヶ城は桜の名所なのだ)のだが、さすがにこの寒さでは城内の桜はまだ三分咲きだった。駅からお城までゆっくり歩いて40分。ちょうど小学校の通学時間と重なってたくさんの子供たちとすれ違う。すれ違う度に「おはようございます」と見知らぬ私に、ペコリと頭を下げて挨拶してくれる。そんな礼義が行き届いている町に感動しつつも、子供たちの目に自分がどう映っているのだろうか…とても気になった。

城下町として栄えたこの町の歴史的建造物は人々の日常に溶け込んでいる。お城と会津若松駅の中間あたりにあった映画館「会津東宝」は、野口英世にゆかりの深い七日町に昭和35年に設立された。メインストリートの神明通りから横道にそれた閑静な一画に佇むオレンジの壁面が目を引く。この七日町界隈は会津若松の基礎を築いた蒲生氏郷の墓所がある歴史と文化に彩られたエリアだ。

設立当初は250席近くあった中堅クラスの東宝直営館として、映画以外にもナイトショーや実演をやっていた。そのため映写室の横には簡易式の二段ベッドが設置され、映写技師はそこで仮眠をとっていたという。夏の暑い日はクーラーをフル稼働させても効かなかったため映写技師は上半身裸で映写機を回していたそうだ。昭和30年代の最盛期には市内に映画館は20館近くあり、「会津東宝」の近所にも「栄楽座」「みゆき座」「会津東映」3館の映画館があった。動員数が少なくなってきた昭和54年に映画館のスペースを半分にして「あいづ東宝ビル」という10軒以上のスナックや小料理屋が入る複合型ビルに改築した。平日の午前中は一人もお客さんが来ない事もあり、お客さんが来てから映写機を回していたという。

昔から通っている年輩のお客様が多く、館名に東宝の冠を掲げているが、市内に映画館が少なくなってからは他社の作品も上映するようになった。平成4年に公開された野口英世の生涯を描いたご当地映画『遠き落日』は大ヒットを記録する。三田佳子が力強い母シカを好演した新藤兼人監督の秀作である。まだフィルムコミッションが存在しなかった時代、国定公園である猪苗代湖半にセットを組む許可を得る事は不可能とされていたところを「会津東宝」が、親交の深かった猪苗代の町長に町の発展になるから…と直談判して撮影の許可を取り付け、野口英世の生家を湖畔に設営したり、猪苗代にロケ隊が宿泊する宿の手配まで全面的に協力されている。更に、エキストラも町長自ら地元の住民に参加を呼びかけ、総勢数百名以上の会津若松市民が出演。自分が出ているからと、家族で観に来たお客様が場内に入り切らず、扉をオープンにしたままエントランスのガラスに暗幕を張ってロビーから観てもらった程。当時の反響の大きさとして、指紋が無くなるくらいお札を数えていたという逸話がある。

子供たちの休みシーズンになると、ファミリー向けやアニメが主流となる。時には小学校の社会科見学の一環で映画館の職場体験を実施して、子供たちは映写機とフィルムに直接触れている。映画の仕組みを教わってから、見学会の最後に映画を観た子供たちは喜んで帰ったそうだ。そんな子供の声で賑わう春休みを2011年は東日本大震災が福島県を直撃した。比較的被害は少なかった会津若松でも例年の半分以下にまで来場者は激減したという。ちょうど春休み映画の『ドラえもん』がスタートする矢先だったため、一週間は誰も来なかった。幸い設備には大きな被害は出ていなかったため早い時期から劇場を再開する。そんな中、大熊町からの避難施設で生活している子供たちに映画の招待券を無料配布すると多くの子供たちが来場して、ひとときの間、楽しい時間を過ごしていた。ところがこの翌年の6月にテナントの飲食店からの出火に伴い、しばらく休館が続いていたが、そのまま復活する事なく閉館された。映画を観るためには郡山や隣県まで足を伸ばさなければならず、市民から会津若松に映画館設立を要望する声が多数上がっている。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2011年4月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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