岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

大晦日は浅草寺に詣でてオールナイトで年を越す

2021年09月08日

【思い出の映画館】浅草東宝(東京都)

【住所】 東京都台東区浅草2-6-10
【座席】 575席
※2006年2月13日をもちまして閉館いたしました

浅草で映画を観る時には必ず立ち寄る洋食屋があった。浅草寺の参道から横道に入ったところにある「アリゾナキッチン」だ。あの永井荷風からも愛された昭和24年創業の名店で、店内には荷風の大きな写真パネルが飾られていた。荷風が書かれた日記文学の代表作に数えられる「断腸亭日乗」(断腸亭とは荷風の号)の中にも浅草の町と共に「アリゾナキッチン」が登場する。ウエスタン調とでも言うのだろうかロッヂ風の外観がすぐに目に止まる。毎晩、タクシーで通うほどに荷風がお気に入りだったメニューが、鶏肉とレバーをトマトソースで煮込んだ「チキンレバークレオール」だ。1週間じっくり煮込んだレバーの持つ独特のコクと鶏肉とタマネギの旨味が口の中に広がる。余談だが僕はこの店で苦手だったレバーが好物になった。僕はいつもピークを過ぎた時間帯に入るので席が空いていれば荷風が好んだと言われる窓際のテーブルに座らせてもらい「チキンレバークレオール」を注文する。そうやって少しでも荷風が見たであろう風景を共有しつつ荷風の愛した料理を味わう時間が好きだった。そんな昭和の名店も平成28年に閉店した。

浅草といえば、戦後から昭和30年代にかけて、映画・演劇・落語・ストリップ・女剣戟等、400m足らずの通りに大小多種多様な劇場がひしめき合う一大興行街だった。昭和20年代は映画館だけでも老舗の大劇場「大勝館」「電気館」を筆頭に、メジャー各社の封切館から独立系まで17館が軒を連ね、更には伝説のストリップ劇場の「フランス座」や「ロック座」が建ち並んでいた。昭和から平成に移り映画館が少しずつ姿を消していた六区映画街の真ん中に東宝の封切館として映画の灯を守り続けていた「浅草東宝」があった。

ここはかつて、関東最大の大手興行会社であった江東楽天地(現在の東京楽天地)が経営する東宝の封切館で、客席1200席の大劇場「浅草宝塚劇場」と、客席800席の「浅草宝塚地下劇場」は、浅草六区映画街の中でも勢いのある映画館だった。創業当時は、映画と実演を行っており、入口正面の交番が目印。戦災で焼失した浅草寺の五重塔再建資金を捻出するため、昭和27年に、ひょうたん池を埋め立てて北半分を浅草楽天地という大レジャーランドを設立する一方で、東宝と江東楽天地が購入した南半分の敷地に、昭和39年に新しく創設されたのが「浅草東宝」の前身となる2階の「浅草東宝劇場」と1階の「浅草宝塚劇場」であった。高度経済成長期には子供から大人まで終日楽しめる場所として賑わったが、映画のピークが過ぎた昭和44年にボーリングブームが到来すると「浅草宝塚劇場」はボーリング場に改装された。そして映画界は台頭するテレビに対抗するため大スクリーン時代に突入して、「浅草東宝劇場」もまた70mm上映の大劇場として話題作を送り続けた。

町をブラブラ散策して気に入った映画がやっていたらブラリと入ってみる。「明るく楽しい東宝映画」の看板に誘われて、扉を開けると浅草東宝のネオンが光り、オールナイトの上映スケジュールが掲示されている。エレベーターを上がって自動販売気でチケットを購入して場内へ入る。靴の音が響く客席数575席の場内はシネコンにはない開放感があった。「浅草東宝」の名物は、毎週土曜日の夜に行われている昔懐かしい東宝の名作4本立で特集を組んでのオールナイト興行。殆どが古い映画のため、いざ特集を組んでみたところ、プリントが残っていなかったとか、運良くあったとしても上映に耐えられないほど劣化していたり…と、いつも選定には苦労していたという。こうした名作のオールナイト興行を始めたのは昭和40年代で、毎週楽しみにして来てくれる男性のお客さんが多かった。ところが吉川浩司特集なんかをやるとガラリと客層が変わり、場内は若い女性で埋め尽くされる事もあった。それでも一番の人気は往年の大物スターが出ているヒット作だったり、毎年大晦日に行われるクレイジーキャッツ特集には、場内は溢れんばかりのファンで満席となる。浅草寺で初詣を終えて、朝まで映画を観て笑って年を越して始発で帰る…という人たちが多かったのだ。

春休みと夏休みシーズンは、『東宝チャンピオンまつり』の頃から『ドラえもん』へと移り変わっても、いつの時代も子供向け映画に人気が集中していた。地元の親子連れだけに限らず、遠くは春日部から、朝早くから来場されるお母さんと子供の姿がよく見られた。平成になると浅草も夜が早くなり、夕方6時を過ぎると人通りも少なくなってしまったが、それでもまだまだ映画は浅草じゃなきゃと、思っている昔ながらの常連さんに「浅草東宝」は支えられていた。やはり往年の浅草ファンにとって、浅草はまぎれも無く映画の聖地なのだ。昼は親子で、週末の夜は古き良き時代の名画を昔ながらの大スクリーンで観る。それが「浅草東宝」ならではの贅沢だった。オールナイト料金は4本立で1400円、さらに劇場で発行している「楽天地ニュース」持参なら1200円で観られたのだから良い時代である。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2001年3月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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