岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

下町のターミナル駅にあった人情味溢れる松竹封切館

2021年08月11日

【思い出の映画館】上野セントラル(東京都)

【住所】 東京都台東区上野公園1-54
【座席】 892席
※2006年5月14日をもちまして閉館いたしました

上野と言えばトンカツである。小津安二郎監督の遺作『秋刀魚の味』で、仕事帰りに佐田啓二が会社の後輩を演じた吉田輝雄を誘って立ち寄ったトンカツ屋でトンカツをつまみにビールを飲む。目的は後輩に自分の妹を結婚の相手としてどう思うかを聞き出すためだったのだが、時既に遅し…後輩は結婚を前提に付き合っている女性がいた。儚く散った妹の結婚話しに「トンカツもうひとついいっすか?美味いっすね」とトンカツを食べる後輩と対照的な佐田啓二の落ち込んだ表情が笑いを誘う。モデルとなったトンカツ屋は大正元年から続く老舗「蓬莱屋」で、創業時は屋台から始めて御徒町駅前にお店を構えたのは昭和3年からだ。1階がカウンター席で2階が畳敷きのテーブル席となっている。小津監督が地方ロケに行く前には必ず立ち寄っていたという。劇中、二人が食べていたヒレカツは衣が薄く肉厚で、これが「蓬莱屋」の特徴だ。今でも当時と変わらないスタイルの定食が提供されているが、他にも小津監督にちなんだ串カツ・一口カツ・メンチが少しずつ入った東京物語膳という限定の御膳もある。もうひとつ記憶に残るのが川島雄三監督の『喜劇 とんかつ一代』だ。森繁久彌演じる上野でトンカツ屋を経営するとんかつ一筋の店主の元に集まる人間模様を川島監督ならではの軽妙な語り口で描いた名作である。ちなみに上野がトンカツ発祥の地という事をこの映画で初めて知った。劇中、森繁が甥のフランキー堺に、上野のトンカツの歴史についてウンチクを語るシーンがあるのだが、ここでもヒレカツの元祖として「蓬莱屋」の名前が挙げられていた。トンカツソースを生み出したのが「井泉」だったことにも驚いたが…。やはり上野はトンカツの街なのだ。

上野がかつて北の玄関口と称されていた昭和28年11月に、上野駅前にオープンした「上野松竹デパート」は衣料品店やクスリ屋、上野囲碁センターなどが入った雑居デパートとして昭和の薫りを色濃く遺していた。北国へ帰省する人々が駅前にテントを張って徹夜で始発を待つのが年末の上野の風物詩だった時代に、待ち時間の暇つぶしにオールナイトを観に来ていた映画館が「上野松竹デパート」の中にあった1027席を有する大劇場「上野松竹映画劇場」をメイン館とする「上野映画劇場(ニュース館)」「上野名画座」「上野セントラル」4館の映画館だった。その後、平成10年に館名を「上野セントラル1・2・3・4」に統一された。全盛期は『男はつらいよ』シリーズが大ヒットしていた昭和40年代。劇中、さくらと弘がお正月に「上野で映画でも観ようか…」と言っていた映画館こそ「上野セントラル」だったのではないか。やがて日本の映画産業が苦境に立たされた時も昭和50年代をピークとして「上野映画」では日活ロマンポルノ、「上野名画座」では新東宝系、「上野セントラル」では独立系の成人映画を上映して危機を乗り切った。ピンク映画に関して入場者数は全国でも1位2位を独占しており、3館で掛けていても上映館が足りないぐらいだったという。コメディ映画とピンク映画…浅草のストリップ劇場から多くの喜劇人を輩出したように、笑いとエロは、切っても切れない昭和という時代を現す風物詩だった。

左右に突き出した桟敷席のある2階席がある「セントラル1」の場内は広々と心地よく、スクリーンの両サイドには歴史を感じさせる彫刻が壁面に飾られている。ワンスロープの客席はリニューアルしてから座り心地の良いシートを採用、客席間もゆとりを持たせた。大学で上京した年の正月に、私はここで『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』を観た。寅さん映画を観るなら上野で…という長年の夢を満席の場内で叶えたのだ。ロビーには売店を設置しておらず、飲食関係は奥の自動販売機で購入が可能だ。「セントラル2・3・4」は小さいスペースながらも落ち着いた雰囲気を持っている劇場でスクリーンの位置とワンスロープの傾斜も充分に取っているのでゆとりを持って映画を楽しめる。無駄なスペースを極力排除して出来るだけ快適に時間を過ごせるように細心の注意を払っている映画館だった。上野の映画館は洋画よりも邦画が強いと言われており、客層としても平日の昼間は圧倒的に競馬新聞を片手にしたシニア層が目立つ。映画慣れした年輩のお客さんがレンタルビデオよりも映画館で映画を観ながら拍手を送る…そんな光景が映画をより面白くしてくれていた。街のロケーションからかフリーのお客様が多く、買い物帰りに時間があるから映画でも観ようか…と買い物袋を片手にブラリと訪れる。時間なんて気にしていないから、残り30分でも平気で途中入場してしまう。花見の時期になると上野公園で花見を楽しんだグループが大挙して劇場に押し寄せ、数名ずつのグループに分けて入場させたり、中にはお酒を呑んで入場するお客さん同士が場内で喧嘩することもあったという。時には、松竹お得意の人情喜劇を観て感動したお客さんが帰り際に「良い映画だったね」とスタッフに声を掛けてくれることもしばしば。そんな「上野セントラル」も施設の老朽化とシネコンの台頭に伴い、平成18年5月に53年の歴史に幕を降ろした。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2002年12月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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