岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ディープな街、十三にある個性派ミニシアター

2020年12月09日

第七藝術劇場(大阪府)

【住所】大阪府大阪市淀川区十三本町1-7-27 サンポードシティ6F
【電話】06-6302-2073
【座席】96席

 夕暮れどき、ネオン瞬く大阪有数の歓楽街として昭和の時代を彩ってきたディープな街、十三。あの「ねぎ焼き」発祥の地として知られており、活気ある商店街には多くの飲食店が密集している。ここ数年で十三も徐々に変化を見せて、かつてキャバレーや風俗店が建ち並ぶ猥雑としたピンク街というイメージよりも、今ではインディーズの街という印象を多くの若者は抱いているのではないだろうか。阪急十三駅西南側に位置する栄町からは、街全体から沸き立つエネルギーに呼応するかのように様々な文化が発信され続けている。そんな街で新しい地域の在り方として、街おこしや文化振興を自主的に行なう団体が立ち上がってきた。

 十三駅から徒歩3分ほどのところに、映画という文字の看板が見える。そこが「ナナゲイ」という愛称で親しまれているミニシアター「第七藝術劇場」である。ビルの6階に上がると重厚な黒壁の外装が目に飛び込み、中に入ると劇場をグルリと囲んだロビーがある。「第七藝術劇場」の歴史は古く、昭和21年に設立された「十三劇場」と「十三朝日座」というふたつの映画館が前身だ。現在の総合ビルに建て替えられた昭和47年に松竹の直営館「サンポードアップルシアター」として運営していたが、平成8年に配給会社のシネカノンが直営するミニシアターとなる。当初は『月はどっちに出ている』や『幻の光』などのヒット作に恵まれるも3年ほどでシネカノンは映画館事業から撤退。するとビルを所有するオーナーから支配人に、映画館を再開したいので協力してもらえないか?と話を持ちかけられた。

 支配人は、十三から映画館を無くしてはならないと同じ思いを持つ地域の人々に出資を募り、一口株主で300万円を集めて有限会社第七藝術劇場を設立。「第七藝術劇場」の館名はそのまま平成14年に再オープンを果たす。それから程なくして上映された『元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯』が大ヒットを記録。ここからナナゲイと言えばドキュメンタリー映画というイメージが定着した。平成19年には全国の映画館が思想団体の妨害を懸念して上映をためらっていたドキュメンタリー『靖国 YASUKUNI』の公開に一番で名乗りを上げて大きな物議を醸すこととなる。

 勿論、最初からドキュメンタリーにこだっていたわけではなく、映画館を再開した当時は、実績が無かった『第七藝術劇場』に配給会社から目玉の作品はなかなか回してもらえなかったという厳しい状況があった。そんな時に支配人が出会ったのが、個人の持ち込みが多かったドキュメンタリー映画だった。意外にも劇映画より面白いものが多かったと再認識をしたのがキッカケだったという。『靖国 YASUKUNI』の公開に踏み切った理由についても、ドキュメンタリーをやってきた「ナナゲイ」の一本であって「たまたま、ああいう騒動になっただけ」と支配人は語る。しかし間違いなくここから映画館のイメージは完全に定着し、関西でドキュメンタリーといえば「ナナゲイ」と配給会社から話が来るようになった。

 過熱したミニシアターブームも下火になって久しく、映画館離れしている若者たちでも、何か引っかかるものがあれば映画館に来る可能性があると、以前ドキュメンタリー『立候補』を公開した時に感じたという。同じ題材の『選挙2』の年輩層がメインだった頃とは明らかに異なる若者で場内は満席となったのだ。どこに興味があったのか…その理由を見極める事が今後の重要なキーポイントになるであろうと支配人は分析する。「今の若者たちは自分の価値観を持っており、自分の興味が無い事には、いくら割引サービスを行ったとしても観に来る事はしない。むしろ興味があれば正規の入場料でも観に来るのです」だからこそ、やみくもに価格サービスに走るのではなく、その世代の感覚にあった「ナナゲイ」でしかやれない事を模索し続けているという。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2013年8月

第七藝術劇場のホームページはこちら
http://www.nanagei.com/index.html

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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