市民が観たい映画を上映する…福井市の老舗映画館
2020年11月11日
メトロ劇場(福井県)
【住所】福井県福井市順化1-2-14
【電話】0776-22-1772
【座席】117席
メトロ会館の4階に上がると「メトロ劇場」のエントランスがある。受付の奥にある事務所から代表の根岸義明さんが出て来て挨拶を交わすと、用件を片付けるまでロビーで少し待っていて…と案内される。休憩スペースのテーブルに置いてあった「メトロシネマノート」というノートを開いてみる。昭和57年から続いているノートも今では20冊以上になっているそうだ。そこには映画館を訪れた人たちの感想とリクエストがビッシリと書かれており、中には記入者同士でやり取りも行われていたりする。このノートを読むと、観客と映画館は、双方向の関係で成り立っているのだと感じる。
ふと目を上げると「あなたが選ぶ上映映画」というコーナーが目に入った。何作品ものチラシが貼られたパネルの下に投票箱が設置されており、どうやら自分の観たい作品を貼っているチラシを参考に投票する仕組みらしい。これは代表の根岸義明さんが選んだ「メトロ劇場」でやるべき映画の候補作品で、投票数が多かった作品に「上映決定」の紙が貼られる。つまり、次回の上映作品は観客が決める事ができるのだ。あくまでも観客が観たい映画を上映する…という姿勢を長年貫き続け、扱う作品も新旧のアート系からB級映画、国内外のクラシックまで…と実に幅広い。
「映画館というのは何でも映画を上映できるわけじゃない。だからこそ、できる映画を可能な限り上映する事が重要なんですよ」と用事を終えた根岸さんが声をかけてくれた。「ウチが上映する作品を求めて来る人たちが、こういう映画を観たいとリクエストして、それにウチができる限り応えようとする。その結果、皆さんが楽しめる映画館になっていれば良いと思う」と話してくれた。
「メトロ劇場」が洋画専門の封切り館として、客席数500席を有する木造二階建でオープンした昭和28年は、福井大空襲によって一面焼け野原となっていた街が復興を始め、日本がアメリカの占領から解放された翌年のこと。そこから戦時中に規制されていたハリウッド映画が大挙して輸入され、映画の黄金期を迎えていた時代である。市内には8館の映画館があり、戦後の打ちひしがれていた市民にとって、数少ない娯楽を提供してくれる場となっていた。創業者の根岸長兵衛さんは根岸さんの祖父で、根岸さんが子供の頃は休みのたびに祖父の映画館で映画を観せてもらったり、試写会で公開前の新作を観るのが楽しみだったという。
根岸さんが映画館を手伝うようになったのは、神戸の大学を卒業した昭和46年の春。ちょうどこの時期に現在のビルに建て替えられ、二番館として洋画だけではなく東宝・東映・松竹各社の作品も掛けるようになっていた。「僕が入った時から映画は既に斜陽産業で二番館になったけど、ATG作品や県内の映画館が閉館すると、そこでやっていた封切りを上映したり…時代に合わせて変えていました。創業時から変わっていないのは館名とロゴだけですよ」と根岸さんは笑う。
「精一杯お客様が求める映画を提供する努力を続けようと思います。別にそれが、楽しいだけの映画でも良いだろうし、変な映画でも良いんです。その努力を怠ると、R-18の映画が全国で観れなくなる日が来るかも知れない。観たいものが観られなくならないように、僕は市民のために映画館をやっているんです」と述べられた根岸さんの言葉が今でも強く心に残る。そんな根岸さんが取材から1ヶ月後の平成26年9月24日、68歳の若さで鬼籍に入られた。「大事なのは続けること…」と繰り返されていたその意志を現在は長男の輝尚さんが受け継ぎ、お客様が求める映画を送り続けている。
出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2016年8月
メトロ劇場のホームページはこちら
https://fukuimetro.jp/
語り手:大屋尚浩
平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。
語り手:大屋尚浩
平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。
街の中心を流れる九頭竜川と緑豊かな足羽山を有する風光明媚な地方都市の福井市。路面電車が走るフェニックス通りの市役所前駅から少し入ったところに、長年市民から愛されてきた街の映画館「メトロ劇場」がある。昭和28年の創業以来、この場所で洋画から邦画まで数多くの映画を送り続け、今も根強いファンが多い老舗映画館だ。約束した取材の時間まで少し間があったので、向かいにある珈琲とカレーが評判の「迦毘羅」でスペシャルカレーを食べる。昭和36年からこの場所で営業されており、映画帰りに立ち寄るお客さんも多いらしい。レンガ壁の外観と薄暗い店内の年季のいったシャンデリアやカウンターが、店の歴史を感じさせる。スパイスの効いた奥深い味わいカレーと豊潤な香りの珈琲は、心地よく五感を刺激する至極の一品だ。