岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

日本映画史上最も切なく美しい時代劇の名作

2024年04月23日

名匠加藤泰と中村錦之助が生んだ股旅映画の金字塔

「明治侠客伝・三代目襲名」、「緋牡丹博徒・花札勝負」、「緋牡丹博徒・お竜参上」等、東映任侠映画を代表する名作を撮った加藤泰監督ほど情感豊かな映画が撮れる監督はいないと信じている。その加藤泰監督が時代劇のスーパースターであり名優でもある中村錦之助主演で撮った長谷川伸原作の「沓掛時次郎・遊侠一匹」は、日本映画史上最も切なく美しい股旅映画の金字塔であり加藤泰監督の最高傑作である。

加藤泰は若くして戦死した天才監督・山中貞雄の甥であり、山中監督の紹介で映画界入りした。「羅生門」の助監督で黒澤明監督と衝突したエピソードは有名で、監督昇進後もローアングル、固定カメラ、同時録音等、独自の演出スタイルへのこだわりが上層部との摩擦を生んだようだ。しかし、そうした妥協のない映画製作がクオリティーの高い作品を生み、徐々に評価を高めていった。

股旅物とは旅から旅への流れ者のやくざを主人公にした物語で、長谷川伸の「瞼の母」と「沓掛時次郎」はその代表的作品。加藤泰監督は「沓掛時次郎・遊侠一匹」より前に「瞼の母」も中村錦之助主演で映画化している。主人公は幼い頃に生き別れた母親を探して旅をする渡世人の番場の忠太郎。忠太郎が探し求めた母親と再会するクライマックスを筆頭に、情感豊かな感動的なシーンの数々に涙を禁じ得ないこの傑作を、加藤泰監督は会社の要請でたった15日間で撮影したというから驚く。

そしていよいよ時代劇の不朽の名作「沓掛時次郎・遊侠一匹」である。主人公である沓掛時次郎(中村錦之助)はやくざ稼業に嫌気がさしている。やくざには一宿一飯の義理というものがあり、草鞋を脱いだ一家のためなら何の恨みもない相手でも斬らなければならない。時次郎を慕う弟分の身延の朝吉(渥美清)の哀れな末路を描いた冒頭のエピソードは、やくざ稼業の悲しさを見る者に刻み込む。 そして時次郎も一宿一飯の義理から斬りたくない相手を斬らざる得なくなる。映画の後半は、やくざ稼業の理不尽さが生んだ男女の悲劇が切なくも美しい名シーンにより紡がれていく。惚れてはいけない相手に惚れてしまった男女の引き裂かれた思いが胸を打つ。中村錦之助の一世一代の名演と池内淳子のはかない美しさ。

語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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