岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

ハリウッドにまで功績が知れ渡った博多にある老舗映画館

2019年10月02日

中州大洋映画劇場(福岡県)

【住所】福岡県福岡市博多区中洲4-6-18
【電話】092-291-4058
【座席】スクリーン1:301席 スクリーン2:150席 スクリーン3:85席 スクリーン4:60席

 九州最大の歓楽街・中洲でもっとも賑やかな明治通りを歩いていると、ひときわ目立つ重厚な建物が現れる。戦後間もない昭和21年4月3日に洋画専門館として、チャップリンの『黄金狂時代』をこけら落としでオープンした「中洲大洋映画劇場」だ。当時は高い建物が無かったから、ここから博多湾まで見渡せたという。そんな戦後の混乱期から博多ッ子に夢と希望を送り続けてきた娯楽の殿堂は博多のランドマークだ。

 建築業を営んでいた創業者の岡部重蔵氏は「博多の人の笑顔が見たい」という理由から映画館の設立を決意。焼け野原だった市内の地図を広げて、この場所を選んだ。そこから土地の所有者に直談判して話をまとめ上げると、あっという間にアメリカ最大手の映画協会セントラルと契約してしまう。わずか2週間で6万人(!)を越える動員数を記録すると、後に続けとばかりに周辺には次々と映画館が建ち並び 「映画と言えば中洲」と言われる一大映画街になった。

 現在の建物となった昭和27年には、全国唯一の特別興行として『千羽鶴』を上映。主演の乙羽信子が舞台挨拶に来館すると、劇場に入りきれない多くの観客が詰め掛けた。更に、昭和31年に公開した長谷川一夫主演の『銭形平次捕物控 まだら蛇』には、1日で1万人以上の動員を記録する快挙を成し遂げて、名実共に国内最大の映画館として知られるようになった。一方、ハリウッドは大スクリーン時代へと突入し、『大脱走』公開時には那珂川大橋まで長蛇の列ができたり、『史上最大の作戦』は半年ものロングランヒットを記録した。やがて「中洲大洋映画劇場」の名は海外にまで知れ渡り、ウォルト・ディズニーの実兄ロイ・ディズニーが来日した時は、戦後初めてアメリカ映画を輸入したという功績を讃えるため、真っ直ぐ博多を訪れ、重蔵氏と握手を交わしたのだ。

 そんな映画の歴史が染み込んだ映画館で映画を観る贅沢を味わおうと、まずはチケットを購入。時間があったので、奥にあるキネマカフェで上映まで懐かしの映画ポスターやスチール写真に囲まれてゆっくりと過ごす。シックな椅子とテーブルの店内は、カフェというより純喫茶という響きが似合う。面白い映画と美味しい一杯のコーヒーがあれば満足だ。ここでは軽食もしっかり取れるので、平日のお昼時には近隣の会社員が休憩に訪れるのも納得できる。

 らせん階段を2階に上がるとヨーロピアンムードの気品溢れるロビーがある。500席あった座席を300席まで減らしたスタジアム形式の「スクリーン1」は、どこに座っても快適に観賞できる。真紅のシートは、映画を観る事が特別だった子供の頃を思い出させてくれた。エレベーターで4階に上がるとガラリと雰囲気が変わって、アメリカンテイストのPOPなロビー。かつて『吸血鬼ドラキュラ』などのB級ホラーを得意としていた「ニュー大洋」を分割して3つの劇場を作ったという「中洲大洋映画劇場」は、全てのフロアが遊び心に溢れてる非日常空間だ。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2011年9月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

行ってみたい

100%
  • 行きたい! (1)
  • 検討する (0)

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

ページトップへ戻る