岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

夏休み…映画館で買ってもらったお菓子の味を思い出す。

2019年02月27日

延岡シネマ(宮崎県)

【住所】宮崎県延岡市北町1-1-13
【電話】0982-21-8888
【座席】スクリーン1:80席 スクリーン2:140席 スクリーン3:140席

 街のどこからでも見える赤と白の縞模様の煙突がシンボルとなっている、宮崎県北部に位置する延岡市。戦前より県内屈指の工業都市で、旭化成の街としても知られている。ローカル線の小さな延岡駅を降りると、平日の朝は登校前の高校生たちで賑わっている。駅の後ろは四国との境にある豊かな漁場・日向灘だ。ほのかに潮の香りがする。ちょうど取材で訪れた年に駅舎の改修工事が行われて、今はカフェと書店が融合したオシャレな駅になったそうだ。

 駅前通りを内陸に向かって歩くと、小さな街にも関わらず、いくつもの商店街と繁華街に出くわす。このような街の構造になったのは、工場の関連会社が街のアチコチにあって、その周辺が自然と栄えたからだそう。

 街の中心を流れる五ヶ瀬川の対岸から、街にただひとつの映画館「延岡シネマ」が見える。屋上に掲げられた絵看板が目印だ。この御時世に手書きの看板を掲げているなんて…と、ワクワクしながら橋を渡る。訪れたのは、子供たちの夏休み最後の週だ。河口から吹いてくる潮風が心地良い。

 朝、チケット窓口が開くと、1台の車が止まった。お母さんと2人の子供を降ろすと、運転手のお父さんは「じゃあ、12時半に来るから」と、再び車を走らせた。お父さんはパチンコにでも行くのだろうか?子供たちは、チケットを買うお母さんの横で興奮気味に窓口を覗き込む。自動券売機が多い中、やはり手売りのチケット窓口は暖かみがある。ポップコーンの香ばしい薫りが立ちこめる売店でお菓子を買ってもらい、ワイワイ騒ぎながら場内に入って行く光景は、僕の記憶にある映画館の原風景だ。

 ワンスロープの高い天井と目にも鮮やかなブルーの椅子は、昭和の映画館ならでは。最盛期の昭和30年代には、延岡市にも10館以上もの映画館があって、工場勤めの若者や家族で賑わっていたという。昭和35年に創設された大映と日活の封切館「延岡大映」を、昭和45年に現在の場所に移転して洋画専門館として再スタートを切ったのが前身となる。

 何度も危機を乗り越えて来たものの、平成に入るとシネコンの台頭と不況によって、運営会社が撤退する話も持ち上がった。その時、映写機のメンテナンスに来ていた前社長が「延岡の街から映画館が無くなると、子供たちが休みの度に楽しみにしていた映画が観れなくなるのが可哀想」と映画館を購入して存続した。現在は、市の教育委員会も「親と一緒に映画を観ましょう」と割引券の配布に協力してくれたり、市が運営する内藤記念館とコラボして、上映作品と連動したイベントも開催されている。

 取材が終わると、普段は立ち入り禁止という映画館の屋上に案内してもらった。屋上には小さな小屋があって、中は絵看板の工房となっている。かつては、職人が描いていた絵看板を今はスタッフが自己流で制作しており、女の子のスタッフが重い看板を付け替えているという。こうして古き良き映画の精神を若い人たちが引き継いでいるのを見ると何とも嬉しくなる。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2015年8月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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