映画監督になりたかった画家と画家になりたかった映画監督の至高のコラボ

アンゼルム・キーファーを知っていますか？

第二次世界大戦、ドイツが連合軍に降伏したのは1945年5月7日。その2ヶ月前の3月8日、アンゼルム・キーファーはドイツ南西部に位置し、西側はフランス、南はスイスと国境を接する、バーデン=ヴュルテンベルク州に生まれた。

はじめは法律を学んでいたが、まもなく美術に転じた。その才能は直ぐに開花し、奨学生に選ばれるなどした。デュッセルドルフの芸術アカデミーで絵画を学んでいる際には、ヨーゼフ・ボイスに師事している。

60年代末頃からは独自の表現を確立し、ドイツ美術界では知られる存在となった。

日本においては、93年、セゾン美術館ほかで、展覧会が開催されるなどして広く紹介された。

しかし、キーファーの名前が広く一般に知られるようになったとは言い難い。それはキーファーの作品の傾向が影響している。

作品のテーマは神話的な世界から、ドイツのナチス時代の忌まわしい歴史に深く食込み、ドイツ文化の深淵を抉る方法と、次第に巨大化した作品そのものの表現方法の変化が影響している。

タブーに影響されない主題の強調は、時に難解な難物として鑑賞者の心を凍らせる。

『アンゼルム "傷ついた世界" の芸術家』は、そんなアーティストの実像に肉薄したドキュメンタリーである。

監督は昨年話題となった『PERFECT DAYS』のヴィム・ヴェンダースで、キーファーと同じ1945年の8月14日に生まれた。ふたりの接点交流は、90年代の初め頃に始まり、育まれたであろう信頼関係は、映像の随所に表れる。

巨大な倉庫、工場を思わせるアトリエを自転車で巡る。オブジェに用いられる様々な素材。巨大なキャンバスに貼り付けられた藁を燃やす。溶けた鉛…ドレスを纏う異物、不安定に積み重ねられた建造物、装飾を重ね姿を変えた宮殿。カメラアイは奥行きを活かし作品を体感へ導く。象徴的に現れる天使の翼…彼に寄り添う子どもはヴェンダースの化身か…。