互いの人生を語り合い、「また会おう」で別れる

他の国を理解するには、政治や経済、宗教だけでなく、その国の人たちの文化や思考様式を知ることも大切だ。

韓国では恨みや悲哀、憤りなどを象徴する"恨（ハン）"という概念が知られているが、本作でのキーワードは、因縁や運命をあらわす概念"縁-인연（イニョン）-"だ。日本でも同意のことわざで"袖すり合うも他生の縁"というのがあって、これは仏教の教えのひとつである。

『パスト ライブス／再会』には、フランスやイタリア映画のラブストーリーのような歯の浮くような会話もすぐにベットインするような行動力も描かれてない。ニューヨークのバーで語り合う、アジア系の男女とアメリカ人男性の3人がそこに至るまでの24年間を"縁"で繋ぐ物語で、どちらかというと言葉を選びながら語り合う、ちょっと奥ゆかしく礼儀正しいラブストーリーだ。

淡々としていて抑揚のない物語なので「退屈」と感じる人もいるとは思うが、3人の登場人物の心の動きを丹念に追っていく演出は、私の心には突き刺さる。

主人公は、12歳に韓国からカナダに移住し現在はニューヨークで暮らす劇作家志望ノラ（グレタ・リー）、ノラの幼なじみで今もソウルに独身で暮らすヘソン（ユ・テオ）、ノラの夫で作家のアーサー（ジョン・マガロ）だ。

24年前の12歳、優等生同士の初恋はノラのカナダ移住でいったん終わる。12年後の24歳、兵役を終えて大学に進学し交換留学生として上海に行く予定のヘソンは、SNSでノラを見つけオンラインでやりとりが始まる。そしてさらに12年後の36歳、ノラとヘソンはニューヨークで再会する。

互いの人生を語り合い、もしもを想像し、選ばなかった道に思いを馳せる。セリフの無い沈黙のシーンは、むしろ雄弁に思いのたけを語ってくれているようだ。

アーサーとの結婚も縁だと理解するノラとヘソン。36歳の別れ際、ヘソンがノラに言う「また会おう」には泣ける。