まだ誰も賛成でも反対でもない

本作は、自然水の豊かな信州の高原にグランピング施設を作ろうとする都会の会社の論理と、水質の汚染や利用者による喧騒を心配する地元住人の論理が衝突するプロセスを描いた、人間の心奥（しんおう）に迫る映画である。

冒頭は、森の中の木々を見上げながら流れるように画面が移動していくシーンから始まる。自然の中に入っていくような印象的なシーンだ。その大自然の中に、湧き水を汲み薪を割って慎ましやかに生活をしている巧（大美賀均）と花（西川玲）の父娘がいる。

『悪は存在しない』というタイトルの意味は様々に解釈ができるが、ときに人間の叡智を超えて猛威をふるう「自然」というものに「悪は存在しない」のかもしれない。

本作に登場する人間には明らかに悪は存在している。「悪」というより「悪意」かもしれない。コロナで疲弊し業績が悪化した社長が、助成金をあてにしていかにも杜撰なグランピング施設の計画を立ち上げる。しかし社長もコンサルティング会社のアドバイスに従っただけであり、窮余の一策なのだ。

住民への事業説明会を任された高橋（小坂竜士）と黛（渋谷采郁）は、住民から杜撰な計画に関して集中砲火を浴びて板挟みとなる。

映画は、地方と都会の対立を煽るわけでもなく、巨悪に対して立ち向かうわけでもない。もともと開拓地へ移住してきた“よそ者”ばかりの土地で、決して反対ありきではなく、巧が言うように「まだ誰も賛成でも反対でもない」のだ。納得するプロセス、民主主義的手続きが必要という事である。

そして花ちゃんが行方不明となりみんなで探すこととなる。

衝撃的なラストは未だに様々な解釈が頭をよぎるが、少なくとも巧は高橋を殺してはいない。柔道の締め技で気絶させただけだ。巧はなぜそういう行動をとったのか？花ちゃんが鹿に襲われて倒れていたことは確かだが、その生死は説明されていない。

またしても衝撃的な傑作の誕生である。