岐阜新聞 映画部

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Meet somewhere

ホロコーストを生き延びた人たちのもうひとつの世界

2021年01月27日

この世界に残されて

©Inforg-M&M Film 2019

【出演】カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
【監督】バルナバーシュ・トート

心の傷を共有する擬似父娘の切なくも美しい選択の行方

 終戦後、1948年、ハンガリー・ブダペスト。ナチス・ドイツによるユダヤ人殺害の犠牲者は、ハンガリーでは56万人に達した。

 そのホロコーストを生き延びた16歳のクララ(アビゲール・セーケ)は、家族を失った悲しみからは立ち直れるはずもなく、心の傷も深く、思春期を迎えた身体にも変調をきたしていた。

 その日、遺された肉親で同居する伯母に付き添われ、クララは病院で婦人科医のアルド(カーロイ・ハイデュク)の診察を受ける。

 初潮の兆しもないことを伯母はひどく心配しているが、当事者のクララは他所ごとを思わせるように冷めていた。そんな少女をアルドは優しく診察し、身体的には何の心配もないことを告げ、様子を見守るようにアドバイスする。

 42歳のアルドもまた、クララと同じように喪失の悲しみと孤独に生きていた。

 しばらくして、アルドの診察室にクララがやって来て、無事に初潮をむかえたことを報告する。その後も、クララは足繁くアルドに会いにくるようになり、ふたりの逢瀬は、医師と患者の関係から、次第に逸脱していく。

 終戦後のハンガリーは、ナチスの侵攻迫害から逃れたのもつかの間、今度は東からの侵略の牙を向けられていた。強行的なソ連のスターリン政権は、社会主義国の勢力拡大を口実に、ハンガリーをはじめとした東ヨーロッパの地域に強権的な圧力を持って、過大な影響力を行使しはじめていた。

 『この世界に残されて』は、ナチスものでありながら、ホロコーストの被害者の、その後の世界を描いている。深い傷や悲しみの要因となった凄惨な場面は直接的に現れることはない。

 アルドとクララの歳の差を超えた関係は何なのか?心の傷の共有には違いないが、父と娘を感じさせる擬似親子のかたちは不思議に見える。アルドの部屋、ひとつベッドに"添い寝"するふたり。そこには微妙なエロスが漂う。

 静謐な映画だが、根底に流れる怒りの情念はひしひしと伝わる。そして余韻のある幕切れも秀抜だ。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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