岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

上質な舞台劇のような肌ざわりの映画

2021年01月27日

この世界に残されて

©Inforg-M&M Film 2019

【出演】カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
【監督】バルナバーシュ・トート

珠玉の宝石のような秀作

 珍しいハンガリー映画。90分に満たない小品だが、見終えた後上質な舞台劇を堪能したような感想を持った。舞台は第二次大戦後しばらくのハンガリー。42歳の医師アルドは生理不順で訪れた16歳のクララを診察する。しばらく経って叔母と二人で息苦しいと訴える彼女は週に何回か医師の自宅に泊まるようになり、奇妙な同居生活が始まる。平時なら、数年経って成人になれば結婚するという選択肢もあったかもしれないが、ソビエトの衛星国家として共産党が勢力を増す中、スキャンダルは死を意味していた。

   監督はこれで長編2作目というバルナバーシュ・トート。抑制のきいた演出が手堅い。派手なカメラワークは一切ないが、最初にアルドが少女を自宅に送っていくシーンで、アパートの前で軽く抱き合うとすぐに印象的な俯瞰ショットが挿入される。計算しくつされたカメラと編集に感心した。また、アルドを演じたカーロイ・ハイデュクも達者なもの。ほとんど表情を変えないが、ラスト近くで見るものの心に響く一瞬の表情を見せる。この映画の白眉のシーンで、文学や演劇では決して出来ない表現だ。  

 映画は序盤何の説明もなく進行する。物語が進むに連れ、ユダヤ人の医師が妻と3人の子供を収容所で亡くし、クララも両親と妹が殺されたことがわかってくる。医師の腕には収容所時代の番号の入れ墨も残っている。映画の後半でスターリンが亡くなったとラジオのニュースが流れるが、そこで1953年のこととわかる。多くの市民が犠牲となったハンガリー動乱は1956年。つかの間の幸福な時代だったのがつらい。

語り手:シネマトグラフ

外資系資産運用会社に勤務。古今東西の新旧名画を追いかけている。トリュフォー、リヴェット、ロメールなどのフランス映画が好み。日本映画では溝口と成瀬。タイムスリップして彼らの消失したフィルムを全て見たい。

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語り手:シネマトグラフ

外資系資産運用会社に勤務。古今東西の新旧名画を追いかけている。トリュフォー、リヴェット、ロメールなどのフランス映画が好み。日本映画では溝口と成瀬。タイムスリップして彼らの消失したフィルムを全て見たい。

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