岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

theater somewhere

市民から愛された劇場が4つのミニシアターで復活。

2024年08月28日

サツゲキ(北海道)

【住所】北海道札幌市中央区南2条西5丁目6-1 狸小路5丁目内
【電話】011-221-3802
【座席】4スクリーン・446席

映画ファンなら地元に思い入れの深い映画館がひとつくらいはある。私が生まれ育った札幌市には「札劇(サツゲキ)」という愛称で親しまれていた「札幌劇場」という大劇場があった。地下鉄すすきの駅から歩いて5分のところにある「須貝ビル」の7階にあって、1970年代に封切られた洋画の話題作は必ずここで観た。客席数826席もあった「札幌劇場」で両親に連れられて『エクソシスト』や『ジョーズ』といった話題作を観た後は必ずピザを食べて帰るのが定番のコースだった。小学校高学年に上がると一人で映画館に行くようになり「サツゲキに行く」と言って家を出た。今から思えばウチの両親は繁華街にある映画館に出掛ける息子をどんな思いで見送っていたのだろうか。

「須貝ビル」は、地下から8階にかけて大小10館以上の映画館が入る娯楽ビルで、「札幌劇場」で封切られた作品が、二番・三番となるにつれ階数が下がっていき、最後には地下にあった客席が72席ほどの小劇場で300~400円で上映されるので、子供でもお小遣いとお年玉を切り崩して映画を楽しめた。今でも忘れられないのが、小学生の時に観た『タワーリングインフェルノ』だ。「札幌劇場」で両親と封切りを観た時は、あまりの面白さに、その後二番・三番と追いかけて最後に地下の小劇場で完結して通算24回も観た。

「須貝ビル」のもうひとつの魅力は階下にあった複数の小劇場と言っても良いだろう。5階にあった小劇場(まだミニシアターという呼び名は無かった)は『岩波ホール』などの単館系をメインとして、地下にあった4つの映画館は、本物の殺人映画と謳った(勿論フェイク)『スナッフ』をやったかと思えば、アンジェイ・ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』を掛けるごった煮感覚がウリの小さな劇場が狭いスペースにひしめきあっていた。その隙間にあったスタンドで映画を梯子する合間に食べたさほど美味しくないカレーが懐かしい。元々ボーリング場や飲食店だったスペースを映画館に改装しているので、天井が低かったり変なところに柱があったりして…映画を観るにはやや厳しい環境であったにも関わらず、札幌の映画ファンは「須貝ビル」をこよなく愛していた。

そんな昭和43年10月10日のオープン以来、数多くの大作・話題作から上質なアート系作品を送り続けてきた映画館が51年の歴史に幕を下ろした。令和元年6月2日の最終日には多くのファンが詰めかけビルのシャッターが下ろされる瞬間まで別れを惜しんだ。公式ホームページには「近いうちにどこかでサツゲキを復活します」という言葉で締め括られていたが、その日は意外と早く訪れた。街の中心を走るアーケード商店街「狸小路」にあった映画館「東宝プラザ」跡地をリニューアルして、4つのミニシアターとなって生まれ変わったのだ。そして館名がズバリ「サツゲキ」だった事は、何よりファンの心理を見事に突いてくれた。劇場がある2階へ上がる階段の踊り場に飾られている「サツゲキ」のロゴの後ろに支援された方々の名前が記載されたプレートをハメ込んでいたり、閉館時に多くのファンがメッセージを書かれた壁の一部を切り取ってディスプレイとして展示されている。

アート文化の発信地というコンセプトを掲げて、再スタートを切った「サツゲキ」にある4つのシアターはそれぞれ個性を出して、あえてデザインを統一されておらず、場内の規模に応じてカラーやシートの質感に変化を与えている。特に小さい2つのシアターはかなり個性的だ。客席数が28席の「シアター2」はポップな色合いの青・黄・赤のカラフルな椅子をランダムに配置して楽しさを表現。客席数が48席の「シアター3」は落ち着いた色合いと異なる質感の椅子を配置して高級感を演出している。大きめのスクリーンは太鼓張りという技法を採用して映像が浮き出た効果が得られており、この小さいシアターを好まれる常連客がいるのも納得出来る。客層としては40代から年配の方が中心だが、意外な事に最近では『ゴッドファーザー』や『インファナル・アフェア』といった旧作上映に多くの若者たちが興味を持って観に来ているそうだ。敢えて劇場のカラーを設定せずに作品のジャンルを広げているおかげで、想定しなかった客層の獲得につながっているようだ。

今話題の異業種とカフェを融合させたミクストランのスタイルを採用しているロビーは映画を目的としない人たちも多く利用されている。コーヒーをメインとしたカフェではオリジナルの深煎り「コトンブレンド」や季節毎におすすめの豆を使用した季節の「シングルオリジン」を提供。フードメニューとしてシャウエッセンを使用したホットドッグは本格的な一品だ。また市内にある人気のカフェと提携して焼き菓子も提供されており、お土産として買って行かれる方も多い。勿論場内へ持ち込みはOKだ。こうした新生「サツゲキ」のラインナップと自由な発想のロビーを見て、形やスタイルにこだわらない「須貝ビル」の時代を思い出した。こうした枠に捉われない発想は正にサツゲキイズムなのではないか?形だけではなく、本当の意味での「サツゲキ」の復活に嬉しくなってしまった。


出典:映画館専門サイト「港町キネマ通り」
取材:2024年4月

語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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語り手:大屋尚浩

平成12年から始めた映画館専門サイト「港町キネマ通り」にて全国の映画館を紹介している。自ら現地に赴き、取材から制作まで全て単独で行う傍ら、平行して日本映画専門サイト「日本映画劇場」も運営する。

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