岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

親子とも恋人とも違う、切なく美しいラブストーリー

2021年01月27日

この世界に残されて

©Inforg-M&M Film 2019

【出演】カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
【監督】バルナバーシュ・トート

凝縮された最後の5分間。セリフと表情を、一瞬たりとも見逃すなかれ

 ナチス・ドイツによってなされた約600万人のユダヤ人虐殺。第二次大戦末期のハンガリーでは親独の極右政権が誕生し、約56万人のユダヤ人が殺害された。一方で大戦中から隣国のソ連の影響も受け、敗戦後はスターリン主義による監視型共産主義を押し付けられていた。この映画を見る上で知っておいた方がいい黒歴史である。

 本作は、ホロコーストにより自分以外の家族を失うという絶望的な喪失感を心に秘めた、42歳の産婦人科医アルド(カーロイ・ハイデュク)と16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)の、親子とも恋人とも違う抑制された関係を描いた、切なく美しいラブストーリーだ。

 ハンガリーのユダヤ人にとっては、虐殺の恐怖から解放されたのも束の間、自由の束縛というソ連型共産主義に翻弄される事となる。一難去ってまた一難。

 そんな中、すべての家族を失い「なぜ自分は生き残ったのか」と自問自答するクララに、自身も自分以外のすべてを失ったアルドは、孤独のもの同士の共感を覚える。クララもまた、父の面影を見出す。

 この映画のうまさは、一線を越えぬ二人の愛を、綺麗ごとでなく純愛として描いた点だ。疑似親子(父・娘)としての深い愛は、実の親子の愛情と何ら変わりはない。性的関係だけが愛であると短絡的に描いていない。

 映画の最後の5分間。お互いが別々のパートナーと一緒に集った、クララの大叔母オルギの誕生パーティーの場面。逃げるようにトイレに向かったアルドを追いかけたクララは「どうかした?」と声をかける。「何でもない」と答えるアルドに「ウソついてる?」と尋ねるクララ。アルドは、いつものポーカーフェイスで「いつもさ」と答える。

 この直後、アルドは一瞬顔を歪め目に涙を浮かべたような表情をみせる。いつも穏やかなアルドが、クララに対する燃え滾る感情を露わにした瞬間だ。

 説明なんかいらない。凝縮された素晴らしい映画である。

語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白さから映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白から映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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