ふたつの不在と忘れないための記憶の刻印

　2014年4月16日、韓国・仁川市の仁川港を出港し、済州島へ向かっていた大型旅客船セウォル号は、半島西南端の全羅南道珍島郡の観梅島沖の海上で転覆沈没する。この事故による死者は乗員、客員あわせて299人、行方不明者は5人、捜査作業員8人も亡くなっている。乗客には修学旅行のため乗船していた、京畿道安山市の高校2年生徒325人と教員14人がいた。

　事故直後のニュース報道で映し出された救助映像や、沈みゆく船内を撮影したスマホの画像など、今も鮮明に記憶にある。

　『君の誕生日』はこの大惨事を描いた物語だが、2年後の残された家族に焦点をあて、事故そのもは、一切、うつることはない。

　事故により息子のスホを亡くした母スンナム(チョン・ドヨン)は、息子の不在に直面しながらも、まだ手のかかるスホの妹とふたり、日々の生活に追われている。

　一方、父のジョンイル(ソル・ギャング)は、海外から帰国して来る。2年前の事故のおりも、家族のもとに帰ることもなく、不在は長く続いていた。転居先の妻娘の家の扉は閉され、夫=父の帰国は歓迎されてはいない。この断絶した関係が何に起因するのか？

　監督のイ・ジョンオンは、本作が長編デビューとなる。最初に選んだ材としてはかなりハードという印象だが、そこには監督自身がボランティア活動を通じて、遺族と接していたという実体験があり、そこから生まれたものだという。

　劇中、遺族の会や支援団体の活動が克明に描かれているし、台詞の端々に世間の誹謗中傷に敏感になっている遺族の感情が表れる。

　哀しみに傷つき、心を閉ざすスンナムを支えようとする周辺の微妙な距離感も繊細に描かれているし、クライマックスとなる"主役=スホ"不在の誕生会で、それまで伏せられていた級友たちの感情が一気に溢れる語りも感動的だ。しかし、同じく伏せられていたもうひとつの不在=父の不在が、夫婦の大きな溝であるはずなのに、明確にならないままなのは少し気になる。